MENU

2020-7-2 中国における新型コロナウイルスに関わる法律問題(3) ――最高人民法院の審判指針――

M&P Legal Note 2020 No.7-2

中国における新型コロナウイルスに関わる法律問題(3) ――最高人民法院の審判指針――

2020年5月15日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静

PDFダウンロード

*本ニュースレターは2020年5月14日現在の情報に基づいております。

はじめに

新型コロナウイルス発生以来、中国各地方の高等法院が新型コロナウイルスに関わる民商事事件の審理について審判指針を示してきましたが、去る4月20日、最高人民法院が、各級人民法院における疫病に関わる民事事件の法に基づく適切な審理のため、「法律に基づき適切に新型コロナウイルスに関わる民事事件を審理する若干問題に関する指導意見(一)」(以下「意見」という)を公布しました。

最高人民法院の「意見」は、以下の10項目に及んでおり、今回はそれらの項目の内容を紹介し、若干の解釈を加えたい思います。

1、司法保障について

「各級の人民法院は、今回の疫病の発生が経済社会に与える重大な影響を十分に認識し、疫病抑制と経済社会発展の大局を統括的に推進することに立脚し、司法の社会関係調整の役割を十分に発揮し、積極的に訴求目的の管理に参与し、非訴訟紛争解決メカニズムを前面に押して、調停の優先を堅持し、当事者の協議と和解、リスクを共同負担するよう積極的に指導しなければならず、もって、困難を乗り越え、矛盾が芽生えた状態を確実に解決し、最終的に解消し、疫病に関わる民事事件の審理の過程において、事件の実際的状況に従い、法律を正確に適用し、各方面の利益を均衡させ、当事者の合法的権益を保護し、経済社会の発展に奉仕し、法律効果と社会効果の統一を実現する。」

 

解釈:「意見」では、調停を優先し、当事者を調停に導くことが、紛争を迅速かつ効率的に解決するのに役立つことを強調しています。当事者にとっても、調停は民事紛争を適時かつ徹底的に解決するための有利な方法です。しかし、実際には、一部の裁判所は、直ちに紛争を解決するために調停によるのではなく、単に、事件の受理を一時的に遅らせるために、調停手続へ誘導することもあるようです。これのような対応は、「意見」の趣旨とは乖離し、調停などの非訴訟紛争解決メカニズムの役割を活かすことができません。

2、不可抗力について

「人民法院は、疫病に関わる民事事件の審理において、不可抗力に関する具体的な規定を正確に適用し、適用条件を厳格に把握する。疫病や疫病抑制措置の直接的影響を受けて発生する民事紛争に対し、不可抗力の法定要件に該当する場合には、『中華人民共和国民法総則』第180条、『中華人民共和国契約法』第117及び第118条などの規定を適用して適切に処理し、その他の法律、行政規定については、別途、規定がある場合にその規定に従う。当事者が不可抗力の一部または全部の免責の適用を主張する場合には、不可抗力が民事義務の一部または全部に対し、履行不能の直接的原因となっている事実につき、立証責任を負わなければならない。」

解釈:事件の当事者は、不可抗力を法定免責事由として一部または全部の免責を主張する場合、相応の立証義務を負い、契約上の義務を履行できない証拠を提供して証明する必要があります。証拠については、当事者は、疫病の範囲、持続時間、契約の履行に影響を与える強制的措置及びその実施状況などを含め、今回の疫病とその深刻さに関する十分な証拠を早期に収集することが重要となります。

3、契約紛争の処理について

「疫病や疫病抑制措置の直接的影響を受けて発生した契約紛争事件は、当事者間の別途の約束がある場合以外、法律を適用する時には、疫病状況が異なる地域、異なる業界、異なる事件に及ぼす影響を総合的に考慮し、疫病や疫病抑制措置と契約との間における履行不能の因果関係及び原因の大小の如何を正確に把握し、次の規則に従って処理しなければならない。

(1)疫病や疫病抑制措置が直接的に契約の履行不能を惹起した場合には、法により不可抗力の規定を適用し、疫病や疫病抑制措置の影響程度により一部または全部の責任を免除する。当事者に契約の履行不能または損失拡大についての責任事由がある場合には、法により相応の責任を負わなければならない。当事者が、疫病や疫病抑制措置によって契約上の義務を履行できず、適時に通知義務を果たしたと主張する場合には、相応の立証責任を負わなければならない。

(2)疫病や疫病抑制措置が、契約の履行困難のみをもたらした場合、当事者は再度協議することができる。履行を継続することができる場合には、人民法院は確実に調停業務を強化し、当事者の継続的履行を積極的に誘導しなければならない。当事者が契約履行の困難を理由に契約解除を請求する場合には、人民法院はそれを支持しない。契約を継続履行する一方の当事者に対して明らかに不公平であり、その請求が契約履行期限、履行方式、代金額などの変更に関する場合には、人民法院は事件の実際的状況に照らして支持するか否かを決定しなければならない。契約が法により変更された後にも、当事者が依然として部分または全部の責任免除を主張する場合には、人民法院はそれを支持しない。疫病や疫病抑制対策により契約の目的が実現不能となり、当事者が契約解除を請求した場合には、人民法院はこれを支持しなければならない。

(3)当事者が疫病や疫病抑制措置により、政府部門の補助金、税金減免または他人の資金援助、債務減免などの状況が存在する場合には、人民法院は、契約が継続的に履行されるべきか否かなど、事件の事実を認定する参考要素とすることができる。」

解釈:「意見」において、本項目(1)は、既存の法律における不可抗力に関する規定と基本的に一致しており、不可抗力事件であっても、当事者が契約の履行不能または損失拡大について責任を負うべき事由がある場合は、法により相応の責任を負うべきことを明確にしています。不可抗力の継続中の通知義務についても、「意見」は、立証義務を負う主体となる当事者に対して、速やかに通知すべき義務を課しています。

本項目(2)は、「取引を奨励する」という原則を表明して、当事者における契約の再協議及び継続的履行を奨励しており、契約の継続的履行の可能性がある場合には、裁判所は当事者の契約解除の要求を支持していません。契約を継続して履行して、それが一方の当事者に対して明らかに不公平である場合について、「意見」が執る処理の方法は、現行実定法における情勢変更に関する規定と類似しています。すなわち、当事者は契約の変更を請求することができ、裁判所はそれを許可するか否かを判断することになります。疫病やその予防措置によって契約目的が実現不能となり、不可抗力によって契約が解除される法定条件が満たされたときにのみ、当事者の解除の主張に対して、裁判所はこれを支持することができることになります。

契約が継続的に履行できるか否かの判断において、「意見」の本項目(3)は、疫病やその予防措置によって政府部門の補助金、税金の減免、あるいは他人の資金援助、債務の減免など有無の状況を列挙し、それらを裁判所が考慮すべき点としています。

4、労働者保護について

「政府及び関係部門との協調を強化し、企業が疫病予防期間に、法による柔軟な就業方式を採用することを支持する。疫病に関わる労働紛争事件を審理する時は、『中華人民共和国労働法』第26条、『中華人民共和国労働契約法』第40条などの規定を正確に適用しなければならない。使用者は、労働者が新型コロナウイルスの診断患者、新型肺炎の疑いのある患者、無症状感染者、法により隔離された者であるか、又は、疫病が比較的深刻な地区から来たという理由をもって労働関係を解除すると主張した場合、人民法院はこれを支持しない。関連する労働紛争事件の処理については、国務院の関連行政主管部門及び省級人民政府などが制定した疫病抑制期間中における労働関係を適切に処理する政策規定を正しく理解し、参照しなければならない。」

解釈:経済全体が疫病の影響を受けた場合には、労働者保護が特に重要な課題となるため、疫病発生の初期である2020年1月24日、人力資源社会保障部弁公庁は、「新型コロナウイルス肺炎の疫情予防抑制期間における労働関係問題の適切処理に関する通知」を発表しました。それによれば、新型コロナウイルスに感染した肺炎患者、その疑いのある患者、密接接触者について隔離治療または医学観察を行うことにより、それらの企業従業員が正常な労務提供ができない場合にも、企業は当該期間における勤務報酬を支払わなければならないこと、及び、「労働契約法」第40条、第41条に基づき、従業員との労働契約を解除することができないことを明確にしました。

また、労働紛争には地域的特徴があります。一般に、疫病は、その社会保障政策、労働関係の調整に関する規定、政策の実施において、各地方の差異が見られます。従って、労働紛争事件を処理する際には、各地方の規定に注意する必要があります。

5、懲罰的賠償の適用について

「経営者がマスク、ゴーグル、防護服、消毒液などの防疫用品及び食品、薬品について経営する場合、『中華人民共和国消費者権益保護法』第55条、『中華人民共和国食品安全法』第148第2項、『中華人民共和国医薬品管理法』第144条第3項、最高人民法院による『食品医薬品紛争事件の法律適用の若干の問題に関する規定』第15条が規定する状況がある場合において、消費者が法に基づいて懲罰的賠償の適用を主張するとき、人民法院はこれを支持しなければならない。」

解釈:疫病の際、食品及び防護用品が不足し、多くの悪徳業者が危険を侵して、欠陥商品を生産、販売することがあります。このような行為に対して、「意見」は、法律に基づいて懲罰的賠償を適用し、市場秩序及び消費者の合法的権益を守ることができることを明確にしています。

6、訴訟時効の中止について

「訴訟時効期間の最後の6か月内に、権利者が、疫病や疫病抑制措置のため、請求権を行使できない場合に、『中華人民共和国民法総則』第194条第1項の規定に基づいて訴訟時効の中止を主張するとき、人民法院はこれを支持しなければならない。」

解釈:当事者は、疫病やその抑制措置が除去された後、訴訟時効期間内において、適時に訴訟を提起するか、又は、催告を行い、訴訟時効の進行を中断するよう、留意する必要があります。

7、訴訟期間の順延について

「疫病や疫病抑制措置が法律の規定または人民法院が指定した訴訟期限を遅らせた場合に、当事者が『中華人民共和国民事訴訟法』第83条の規定により順延期間を申請するとき、人民法院は、疫病状況、及び、当事者が提供した証拠状況に基づいて総合的に許否を考慮し、法により当事者の訴訟の権利を保護しなければならない。当事者が、新型コロナウイルスと診断された患者、新型コロナウイルスの疑いのある患者、無症状感染者、及び、関連密接接触者であり、法により隔離された期間に訴訟期限が満了し、本規定により順延期間を申請する場合、人民法院は許可を与えなければならない。」

解釈:今回の疫病の発生には、その期間が長く、その範囲も広いという特徴があり、各地方の裁判所における実際の業務の展開も大きな影響を受けています。そのため、疫病や防疫対策などの不可抗力による訴訟期限の遅れについて、裁判所の審査は比較的に緩やかなようです。その点は、最高人民法院における記者の質問に対する次のような回答においても明瞭です。

(1)不変期間の順延問題について

法律及び司法解釈の関連規定により、上告期間、再審申請期間、第三者による取消の訴え提起期間、除権判決取消の訴え提起期間などは、一定の不変期間となります。変更が認められる余地のある期間は、訴訟時効の中止、中断、延長の規定は適用されませんが、不可抗力の事由により期限が遅延した場合には、当事者は、『民事訴訟法』第83条の規定に基づき、障害の解消後10日間以内に順延期間を申請すること認められ、それを許可するか否かについては、人民法院が決定することになります。

(2)審査基準に関する問題について

当事者が法定期間または指定期間の順延を申請する場合、人民法院は、審査時に、当事者の所在地域が疫病の影響を受けた程度、及び、疫病予防措置が執られた状況を十分に考慮し、当事者が提供した証拠資料と併せて総合的に認定することになります。すなわち、疫病が比較的に深刻な地域については、実際の状況に応じて適切に審査基準を緩和することができることになり、当事者が提出した証拠資料により、その遅延期間において訴訟上の権利を行使することができなかったことが証明される限り、通常、順延は許可されることになります。

(3)特定主体の保護に関する問題について

当事者が新型コロナ肺炎と診断された患者、新型コロナ肺炎の疑いのある患者、無症状感染者及び関連密接接触者である場合に、法により隔離治療、指定場所での医学観察またはその他の隔離措置を行う期間に訴訟期限が満了したとき、当事者は民事訴訟法第83条の規定により順延期間を申請することができ、相応の証拠資料を提供する限り、人民法院は許可を与えなければなりません。なお、ここに言う密接接触者には、確定診断患者、疑いのある患者、無症状感染者と共同の居住や学習をした者、従業員だけでなく、それら3種類の患者と密接に接触していた医療関係者などを含みます。

8、司法救助について

「疫病の影響を受けて経済的に確かに困難な当事者が、訴訟費用の免除、減納または遅延納付を申請した場合、人民法院は、法により審査し、適時に相応の決定をし、明確に司法救助を必要とする訴訟参加者に対して、その申請に基づいて速やかに救助措置を講じなければならない。」

解釈:「訴訟費用納付弁法」の規定により、自然人に対しては、訴訟費用の免除が適用されます。免除、減納または延納された具体的な状況については、規定された条件に従い、必要により、当事者は、訴訟の提起または控訴の際に書面をもって申請し、かつ、経済的に困難であることを証明するための資料及びその他の関連証明資料を提供しなければなりません。

9、保全措置について

「疫病の影響を受けて苦境に陥っている企業、特に中小企業、個人自営業者に対して、柔軟な訴訟財産保全措置または財産保全担保の方式を採用し、企業の負担を確実に軽減し、企業の再稼働を支援する。」

解釈:最高人民法院は、記者の質問に答えた際、申請者の権利を保障する前提の下に、疫病の影響を受けて苦境に陥った企業、特に中小企業に対して、「その存続を可能とする差押え」ができる場合には、できるだけ、「その存続を不可能とする差押え」を回避して、苦境に立つ企業の生産経営に対する影響を確実に減少させるべきであるというように説明しています。具体的には、第三者保証担保、財産保全責任保険などの柔軟な財産保全保証方式の採用が、企業の経済負担を可及的に軽減し、企業の再生産を援助することになります。

10、法律の適用問題について

「各級の人民法院は重大、難解、複雑な事件に関わる法律の適用問題について、適時に裁判委員会に提出して決定を検討しなければならない。上級人民法院は典型的な判例の発表などを通じて下級人民法院に対する指導を強化し、裁判基準の統一を確保しなければならない。」

解釈:判例審理の過程において、「同種事件の異なる判決」が発生しないようにすることは、人民法院の審判の公信力の確立及び維持にとって重要なことです。そこで、「意見」は、法律の適用と審判の基準を統一のため、裁判官会議や審判委員会がその役割を果たし、審判の正確性を保証することを強調しています。また、同時に、中国は、元来、判例法主義の国家ではありませんが、やはり、上級人民法院の典型的な判例は下級裁判所に対して強い指導意義を有しています。従って、「意見」も、上級人民法院が典型的な判例の発表などを通じて下級人民法院に対する指導を強化し、裁判基準の統一を確保するよう奨励しています。

終わりに

上述のように、「意見」の公布は、契約紛争、労働者や消費者の保護などの問題に対する司法上の実践を指導するため、関連法律の適用を統一しました。「意見」の内容は、総じて、各地方の高等法院の意見に比して、地方法院に対するより高いレベルの指導となっており、各地方の法院における司法判断を統一し、また、裁判基準の不一致を避けることに寄与することができることは明らかです。これをもって、個々の司法事件における法的安定性及び解決の具体的妥当性が確保され、裁判における公平と正義に対する訴訟当事者の一層の信頼を高めることができるように思われます。

 

<新型コロナウィルスに関するリーガルノート>

 


この記事に関するお問い合わせ、ご照会は以下の連絡先までご連絡ください。

松田綜合法律事務所
農業法務関連チーム 弁護士 菅原 清暁
info@jmatsuda-law.com

〒100-0004 東京都千代田区大手町二丁目1番1号 大手町野村ビル10階
電話:03-3272-0101 FAX:03-3272-0102

この記事に記載されている情報は、依頼者及び関係当事者のための一般的な情報として作成されたものであり、教養及び参考情報の提供のみを目的とします。いかなる場合も当該情報について法律アドバイスとして依拠し又はそのように解釈されないよう、また、個別な事実関係に基づく日本法または現地法弁護士の具体的な法律アドバイスなしに行為されないようご留意下さい。

 

;