M&P Legal Note 2020 No.3-2
中国における新型コロナウイルスに関わる法律問題(2)
――国際取引契約の履行への影響――
2020年4月3日
松田綜合法律事務所
中国弁護士 徐 瑞静
1 新型コロナウイルスに対する法の適用問題
現在、中国各地の企業が続々と事業を復旧再開するにつれ、新型コロナウイルスが企業の経営や契約履行に与えた影響は、徐々に、錯綜する状況を呈しています。新型コロナウイルスの世界的な大流行による影響により、企業は、外資企業をも含め、全般的に、国際取引契約の履行の遅延、危険の分担等の問題に直面しています。
最近の中国での報道によれば、フランスの石油大手企業であるトタル社(Total SA)の天然ガス部門担当者のフィリップ・ソークェ(Philippe Sauquet)氏は、2月に開かされたトタル社年間実績発表会において、中国バイヤーからの「不可抗力」通知に対し、それを拒否する意思を表明するとともに、本件について、中国のすべての荷積港と荷揚港が隔離された場合には、本当に不可抗力であるといえるが、目下の状況下では、そうではないと指摘しました。本件に関わる契約条項の内容や、中国バイヤーが「不可抗力」を援用した事由等は公開されていないため、詳しく論評することはできませんが、「不可抗力」通知が相手方に拒否されても、それをもって、最終的な結論として確定されるべきものではなく、疫病の影響を受けた企業としては、引き続き、協議、和解、訴訟(仲裁)等を通じて、自らの権益を主張すべきであると考えられます。ただし、国際契約の場合には、国内契約の場合と違い、往々にして、当事者、契約履行地、「不可抗力」事件発生地は、同一の法域に所在しておらず、そのため、異なる法域における「不可抗力」による契約履行の延期、免責や免除、その他の救済措置を相手に請求する場合、契約の裁判管轄、準拠法の決定、その解釈等に関しては、事案ごとに差異があることを否めません。
そこで、本稿では、新型コロナウイルスによってもたらした国際取引契約の紛争について、その準拠法が中国法となる場合を中心として、中国法上の関連規定及び審判における指針について整理したいと思います。
2 新型コロナウイルス問題の性質決定
疫病による契約不履行が「不可抗力」に関する問題として性質決定されるべきかについては、未だ、正式な法令及び最高人民法院の司法解釈は公布されていません。しかし、国家政策及びそれに沿った司法実務においては、次のように、新型コロナウイルスによる契約不履行が「不可抗力」に関する問題として性質決定されていることが知られます。
(1)政策について
2月10日、法律の制定、改正等を担う機関である全国人民代表大会常務委員会法制工作委員会は、政府が、突発的な公共衛生事件の発生から公衆の健康を守るため、相応の疫病予防措置を執っていることに鑑み、当事者による契約の不履行についても、予見不能、回避不能、克服不能の「不可抗力」の影響により契約を履行できない場合と解釈して、法律に別段の規定がある場合を除き、契約法の関連規定に従い、一部または全部の責任を免除することを明らかにしています。そして、この解釈は司法実務にも大きな影響を与えるところになっています。
(2)不可抗力事実証明の発行機関について
実際に、2月5日、中国商務部が公布した「対外貿易企業による疫病の対応及び損失減少への支援に関する通知」においては、「商務部は、紡績、軽工業、五鉱、食品、電機、医療保険の六つの商会(商工会議所)を指導し、不可抗力証明、法律コンサルティング等の関連サービスを全力で提供する。」とし、2月6日より、中国国際貿易促進委員会(CCPIT)及びそれが授権した分会が、無料で不可抗力事実証明書の発行の取扱いを開始しました。また、中国商務部が2月18に公布した通達においては、「関連機構が貿易企業や海外プロジェクトの実施主体に対する契約を履行できなかったことの不可抗力事実証明の無償発行」を支援することが改めて強調されています。
(3)各地の高級法院の審判指針について
各地の高等法院から公布された新型コロナウイルスに関する審判指針に注目すれば、「不可抗力」の他、契約の履行段階等の実態を踏まえた上で、事情変更を適用する可能性のあることが窺われます。以下において、各地の高級法院が公布・実施した幾つかの例を挙げます。
⓵ 上海市高級人民法院
上海市高級人民法院は、2月8日に公布・施行された「疫病に関する司法サービスの指導意見」において、「疫病の影響により、当事者が契約を履行できないか、または、契約を履行すると、当事者の権益に重大な影響をもたらす場合には、公平、誠実信頼等の原則に基づき、当事者間の約定、疫病の発展段階、疫病と契約履行不能または履行困難との間の因果関係、及び、疫病の影響の程度等の要素を総合的に考慮し、不可抗力または事情変更等の関連規定により、かつ、事件の具体的な状況に照らして適切に処理する」旨の指針を示しました。
⓶ 広東省高級人民法院
広東省高級人民法院は、2月9日に公布した「疫病期間における民事行政案件の通達」において、「契約紛争の処理について、疫病及び疫病抑制の応急処置等の理由で、売買、賃貸、旅行、宿泊、飲食、運送等の契約が履行できないか、または、契約履行によって一方当事者の権利に重大な影響を与える場合には、約定により、契約の解除または変更ができる。約定がないときは、両当事者の協議による紛争解決を奨励・支持し、経済損失については、公平の原則により合理的に分配する。」との意見を表明しました。
⓷ 浙江省高級人民法院
浙江省高級人民法院は、2月13日に公布した「新型コロナウイルスに関する商事紛争の解答」において、新型コロナウイルスがもたらした「不可抗力」の認定について、「契約の締結日、履行期限満了日、代替措置を講ずる可能性や履行するためのコスト等の要素に照らし、疫病の商事契約履行に対する影響の程度を総合的に考量し、具体的な状況に即して判決を下す」と表明する一方、「疫病が契約履行に重大影響をもたらし、一方当事者に著しく不公平であるか、または、契約の目的を達成できず、当事者が契約の変更もしくは解除を請求する場合には、事情変更により処理する」という意見を示しました。
④ 江蘇省高級人民法院
江蘇省高級人民法院は、2月14日に公布した「新型コロナウイルスに関する司法サービスの指導意見」において、「政府及び関係部門が疫病を予防するために執った行政措置により、契約が直接に履行できないか、または、疫病のため、契約当事者が契約を根本的に履行てきないことによって惹起された紛争については、契約法における不可抗力に関する規定を適用して処理し、継続した履行により、一方の当事者に対して明らかに不公平となるか、または、契約目的を達成できない場合に、当事者が提訴して契約の変更もしくは解除を請求するときは、事情変更を適用して、契約の変更もしくは解除による損失について、公平の原則に基づいて裁量することができる」という意見を示した。
3 現行中国法令上の規定及び相異点
(1)「不可抗力」について
⓵ 「不可抗力」とは
契約法及び民法総則の規定により、「不可抗力」とは、契約当事者が、契約締結後、契約履行の完了前に発生した予見不能、回避不能、克服不能の客観的状況であり、かつ、当事者がそれを主張するについては、「不可抗力」の発生及び損害に対する錯誤がなく、一方の当事者が不可抗力事件に遭い、契約債務の履行を阻害されたとき、直ちに相手方に「不可抗力」の事実を通知し、それを証明する義務を負います。よって、「不可抗力」により、一部または全部の違約責任が免責され、また、契約締結の目的を達成できない場合には、契約を解除することができます。いずれにしても、契約違反とはいえず、契約当事者各自が損失を負うことになります。
⓶ 不可抗力と違約行為との間の因果関係の認定
しかしながら、免責または解約を主張する当事者は、不可抗力事件として、契約義務の履行または契約目的の達成が不可能であることと新型コロナウイルスの発生との間に因果関係があることを立証しなければなりません。例えば、新型コロナウイルスにより、旅行、宿泊、レストランの予約を変更したり、キャンセルしたりする場合、予約の変更等の行為には、不可抗力と因果関係があると判断されることは容易です。しかし、仕入先に不可抗力の理由があり、それにより、当事者の一方が相手側に対する契約の履行に遅延等をもたらしたような場合には、当該当事者が他の何らかの代替措置(例えば、代替目的物の交付)を講じた否か等が、因果関係の認定において考慮されることとなります。
(2)事情変更について
⓵ 事情変更とは
法令上では、事情変更の定義はありません。しかし、最高人民法院の「契約法に関する司法解釈」においては、事情変更とは、契約成立後の客観的状況において、当事者が契約を締結する際に予見不能な「不可抗力」により、商業リスクに属さない重大な変化が発生し、引き続き契約を履行する一方の当事者に対して、明らかに不公平であるか、または、契約目的を達成することができない場合であり、その場合に、当該当事者が人民法院に対して契約の変更または解除を請求するときは、人民法院は、公平原則に基づき、かつ、案件の実際の状況に照らして、変更または解除を決定すべきと解されています。
⓶ 法的効果
よって、事情変更が適用になると、人民法院は、目的物の数量を増減したり、履行期限を変更する等により、一方の当事者にもたらされた著しく不公平な結果を解消し、契約を公平に履行でできるようにその内容を変更することになります。契約内容を変更しても、双方の明らかな不公平が解消されない場合には、人民法院は契約の解除を認めることになります。ただし、人民法院が事情変更の適用による契約解除を認めるについては、通常、契約締結の目的が事情変更によって実現不可能である場合に、事件の具体的な状況に照らして、慎重に判断されることとなります。
(3)不可抗力と事情変更との相違について
両者の相違は、以下の表のようにまとめられます。
不可抗力 | 事情変更 | |
該当事由 | 自然災害(地震、台風、洪水、津波等)、社会事件(戦争、暴動等) | 突発事件、社会経済情勢の急激変化(物価高騰、貨幣暴落、金融危機等) |
利用方法 | 一方当事者が直ちに他方当事者へ通知する | 一方当事者が司法機関(人民法院、仲裁)へ請求する |
証明責任 | 主張側が立証責任を負う | 同左 |
法的効果 | 司法権による強制力を要することなく、当事者間の合意により、契約責任の一部または全部の免除や解除ができる。 | 司法機関(人民法院、仲裁)が公平の原則及び契約の実際の状況を踏まえて判断を下す。 |
4 まとめ
疫病に直面する企業は、業務の実態や売主か買主か等により、問題の着眼点やその対応措置が異なることになりますが、通常、契約の準拠法、履行期間、違約責任、危険分担等の重要条項を確認し、信義に則り、速やかに契約履行を怠った事実を相手方に通知し、損失の軽減を図れるように努めなければなりません。そして、紛争予防の観点から、契約の履行遅延等に関わる証拠資料について、証拠能力が否定されないよう、例えば、公証役場の公正証書をもって、証拠を保全することも必要であると考えられます。なお、言うまでもなく、「不可抗力」の影響が解消されたときは、速やかに契約を履行しなければなりません。世界的規模における新型コロナウイルスの急速な蔓延のもとに、裁判及びその執行に関する法令が整備される前にあっては、契約自由、信義則、公平原則、利益衡量、さらには、リスク認識が、紛争解決のための重要な判断基準となるということができます。
<前回の記事>
M&P Legal Note 2020 No.1-1 中国における新型コロナウイルスに関わる法律問題(1) ――外資企業に対する支援政策の利用――
<新型コロナウィルスに関するリーガルノート>
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