M&P Legal Note 2020 No.6-1
新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた農業協同組合(JA)の総会運営について
2020年5月2日
松田綜合法律事務所
農業法務関連チーム
弁護士 菅原 清暁
*本ニュースレターは2020年5月2日現在の情報に基づいております。
1.はじめに
現在猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大は,今後開催が予定されている全国各地の農業協同組合(以下,「JA」といいます。)の通常総会・総代会の開催時期や運営方法等に大きな影響を及ぼしているものと思われます。全国各地のJAにおいては,農業協同組合法(以下,「農協法」といいます。)の遵守は当然のことながら,新型コロナウイルス感染拡大の防止に十分配慮した形での総会運営が強く求められていることと思われます。
農林水産省(以下,「農水省」といいます。)は,新型コロナウイルス感染症と総会運営に関する問題について,令和2年2月27日付の各自治体に対する「農業協同組合の通常総会の開催時期について」という通知(以下,「経営局通知」といいます。)や自身のホームページに掲載している「総会運営等に係るQ&A」において,一定の見解を示しています。
本ニュースレターにおいては,上記の農水省見解を踏まえ,新型コロナウイルス感染症のもとで生じる総会運営における農協法上の問題点とそれに関する対応策を解説します。
2.通常総会(総代会)の開催時期に関して
現在,多くのJAで通常総会(総代会)の開催時期を迎えている最中であると思われます。そもそも農協法においては,通常総会の開催時期について,「通常総会は,定款の定めるところにより,毎事業年度1回招集しなければならない。」(同法43条の2)と規定し,通常総会の開催時期を法律ではなく定款の定めに委ねています。多くのJAにおいては,定款において総会の開催時期を特定の時期に定めていることが多いと思いますが,このような新型コロナウイルス感染症の感染拡大が問題視されている場合でも定款上の開催時期を遵守することが農協法上要求されるのでしょうか。
農水省は上記の経営局通知・総会運営等に係るQ&Aにおいて,このような通常総会の開催時期を定めた定款規定について,「組合の自治で定められたこのような規定については,天災等のような極めて特殊な事情があってもその時期に通常総会を開催しなければならないものとする趣旨ではないと考えるのが合理的な意思解釈である。」とし,「感染拡大の防止という観点から,定款所定の時期に通常総会を開催することができなくなった場合についても,開催が可能な状況になった後,通常総会を速やかに招集すれば,法令上も定款上も問題となるものではありません。」と記載しています。
つまり,農水省は,今回の新型コロナウイルス感染症との関係では,開催時期に関する定款規定を必ずしも遵守する必要はなく,感染拡大の防止という観点から通常総会の開催順延を判断しても農協法上の問題は生じないという見解を示しています。
なお,上記の「開催が可能な状況になった後」という部分ですが,未だ公式見解は出ていないものの,少なくとも現在のような緊急事態宣言下で外出自粛要請が出ている状況が続く限り,通常総会の「開催が可能な状況」とはいえないと思われます。
3.改選時期を迎える役員の任期に関して
上記のとおり,農協法は,新型コロナウイルス感染症を踏まえた通常総会の順延を許容していると解釈されますが,本年で任期満了を迎える役員との関係でこの通常総会の開催順延をどのように捉えるべきなのかについては,別途検討を要します。
役員の任期については、農協法上、「役員の任期は,3年以内において定款で定める。ただし,定款によって,その任期を任期中の最終の事業年度に関する通常総会の終結の時まで伸長することを妨げない。」(同法31条第1項)と定められています。
仮に定款で通常総会の開催時期を6月とし,それに合わせ役員の任期も定款で当年6月末日までとしていた場合,通常総会の開催を順延し通常総会の開催時期を9月にした場合,新任役員の選任が行われる前に現役員の任期満了が生じるという不都合が考えられます。
その点に関し,上記総会運営等に係るQ&Aでは,「通常総会が開催できない状況が解消された後合理的な期間内に通常総会が開催される限り,現役員の任期は延長して開催する通常総会の終結の時までとなるものと考えています。」「役員改選のための総会(延期した通常総会)の終結の時に現役員は任期満了となり,新役員の任期が始まるものと考えます。」
との見解を示しています。つまり,今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大の防止の観点から役員の改選を予定していた通常総会の開催を順延することにより,現役員の任期満了を迎えてしまう場合,定款で定めた任期満了時ではなく,順延された通常総会の終結の時まで現役員の任期は伸長されるとの解釈が示されております。
4.決算及び監査について
(1)計算書類等の作成・監査が遅延している場合の対応について
農協法上,出資組合は計算書類及び事業報告並びにこれらの付属明細書を作成しなければならず(同法36条第2項・第3項),この計算書類及び事業報告並びにこれらの付属明細書(以下,「計算書類等」といいます。)は,監事の監査(会計監査人設置組合の計算書類及びその付属明細書については,監事の監査及び会計監査人の監査)を受け,理事会(経営管理委員設置組合にあっては,理事及び経営管理委員会)の承認を受ける必要があります(同法36条第5項・第6項)。
そして,理事は(経営管理委員設置組合にあたっては経営管理委員),通常総会の招集の通知に際して,かかる承認を受けた計算書類等(監事の監査報告・会計監査人の監査報告を含みます)を組合員に提供し,理事がこれを通常総会に提出する必要があります(同法36条第7項・第8項)。
このように,通常総会の開催にあたっては,決算が終了し,計算書類等について監査を受けていることがその前提となります。しかし,新型コロナウイルス感染症の影響で,決算・監査業務が遅延し,当初の予定通りに決算・監査業務が行えないケースも当然想定し得るものと思われます。
このようなケースに関し,上記総会運営等に係るQ&Aでは,「新型コロナウイルス感染症の影響により,会計監査のスケジュールが遅延する中で,当初予定したスケジュールの遵守に形式的に拘泥することは,農協法等が確保しようとした実質的な趣旨をかえって没却することにもなりかねません。」とし,「会計監査等に関し,職員や監査業務に従事する者等の安全確保に十分配慮する上で,必要に応じ,監事及び会計監査人と協議により従来と異なるスケジュールになることも想定し,決算に係る事項を決議する通常総会は延期することも考えられます。」との見解を示しています。
このため、緊急事態宣言に基づく外出自粛要請等により,当初予定していたスケジュールの遵守が難しくなった場合,関係者の安全に十分に配慮した形でスケジュールを再設定し,無理なく決算・監査業務を行っていくことが農協法上も求められています。
(2)継続会という選択肢
上記のように,決算・監査業務は遅滞しているため計算書類等の提出が当初予定されていた通常総会の開催時期に合わない場合であっても,各JAの事情から,当初予定した時期に通常総会を開催したうえで,役員選任だけは行ってしまいたいとの要望も出てくるかもしれません。その場合には,通常総会を当初の時期に開催し,役会の改選だけをとりあえずは行い,農協法46条の3による続行の決議を得て,計算書類等の承認等ついては後の継続会で実施するという手法も法的には考えられます。
なお,このような継続会という手法を用いるに際し注意すべき点としては,会社法上の定時株主総会に関する議論ですが,金融庁が設置した「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」が令和2年4月15日付けで発表した「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査及び株主総会の対応について」 と題する資料(以下,「連絡協議会資料」といいます。)が参考になると思われます。当該資料には,新型コロナウイルス感染症影響下で決算・監査業務が予定どおりに進まないなか当初の予定どおり定時株主総会を開催し,そこで役員の選任決議を行い,後の継続会(同法317条)を利用して計算書類等の承認等を行う場合の定時株主総会運営上の注意点が記載されており,農協法の場合でも同じ議論が当てはまると思います。
連絡協議会資料で挙げられている継続会を利用する際の注意点を今回の通常総会に敷衍すると,以下の点を注意して継続会を利用すべきものと思われます。
①当初の通常総会においては,計算書類,監査報告等については,継続会において提供する旨の説明を行う。
②安全確保に対する十分な配慮を行ったうえで決算業務,監査業務を遂行し,これらの業務が完了した後直ちに計算書類等を組合員に提供して組合員による検討の機会を確保するとともに,当初の通常総会の後合理的な期間内に継続会を開催する。
③継続会において,計算書類等について十分な説明を尽くす。継続会の開催に際しても,必要に応じて開催通知を発送するなどして,組合員に十分な周知を図る。
因みに,当初の通常総会から継続会までの間隔については,令和2年4月28日に金融庁・法務省・経済産業省が連名で発表した「継続会(会社法317条)について」との資料が参考になると思われ,当該資料では,「当初の定時株主総会と継続会の間の期間については,関係者の健康と安全に配慮しながら決算・監査の事務及び継続会の開催の準備をするために必要な期間の経過後に継続会を開催することが許容されると考えられ, 許容される期間の範囲について画一的に解する必要は無い。もっとも,その間隔が余りに長期間となることは適切ではなく,現下の状況にかんがみ, 3ヶ月を超えないことが一定の目安になるものと考えられる。」との見解が示されています。
5.通常総会を運営する際の注意点
(1)はじめに
新型コロナウイルスの問題が解決していない現段階でやむなく通常総会の開催を決断する場合,何よりも優先すべきは感染拡大のリスクの軽減・関係者の健康及び安全の確保であり,平常時とは異なる方法で通常総会の運営を行っていく必要になります。そこで,以下に,運営上の留意点をいくつか記載します 。
(2)通常総会への来場の自粛要請
上記総会運営等に係るQ&Aでは,「総会の会場は設置するものの,新型コロナウイルスの感染拡大防止の一環として,書面や電磁的方法による事前の議決権行使の方法を案内し,会場への出席を控えるよう呼びかけることは,組合員の健康に配慮した措置」として,通常総会への来場につき,JAが各組合員に対し自粛要請を行うことが可能である旨を記載しております。
なお,書面や電磁的方法による議決権の行使には,定款の定めが必要であり,事前に十分な判断材料を組合員に提供するという観点から,議決権行使について参考となるべき事項を記載した総会参考書類を交付する必要がある点には注意が必要になります(農協法16条第3項・第4項,同法43条の6第5項)。
(3)通常総会の時間短縮
上記総会運営等に係るQ&Aでは,「新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために,やむを得ないと判断される場合には,総会の運営等に際し合理的な措置を講じることも,可能と考えます。具体的には,組合員が会場に滞在する時間を短縮するため,事前に質問事項を取りまとめ,回答を配布するなど例年に比べて議事の時間を短くすることも考えられます。」とし,できる限り時間短縮のための措置講ずることを各JAに求めていることが分かります。
(4)入場制限等
上記総会運営等に係るQ&Aでは,「新型コロナウイルス感染症は,新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく措置を実施する対象(令和2年3月14日施行)とされ,事業者においても新型コロナウイルス感染症のまん延防止等に努めること(同法第4条)とされていることから,新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために,ウイルスの罹患が疑われる組合員の入場を制限することや退場を命じることは可能と考えます。」とし,新型コロナウイルスの感染が疑われる組合員(発熱や咳の症状を有する場合など)に対し,入場制限や退場を命じることが可能との見解を示しています。
他方で,上記総会運営等に係るQ&Aは,「組合員の権限を制限する場合には必要最小限の措置でなければならない(新型インフルエンザ等対策特別措置法第5条)とされていることにかんがみ,ウイルスの罹患が疑われる場合には,入場の制限(退場)を行う場合がある旨,総会開催通知等により事前にお知らせするなどの組合員に対する配慮が必要と考えます。」とし,事前の十分な連絡も要求しています。
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