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2020-10-1 新型コロナウイルス感染症を踏まえたM&A契約における対応(2)

M&P Legal Note 2020 No.10-1

新型コロナウイルス感染症を踏まえたM&A契約における対応(2)

2020年8月4日
松田綜合法律事務所
コーポレートチーム

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*本ニュースレターは2020年7月30日現在の情報に基づいております。

1.はじめに

本稿は、2020年5月29日付けのニュースレター(以下「ニュースレター(1)」といいます。)に引き続き、今後締結されるM&A契約(特に株式譲渡契約を念頭に置きます。)において、新型コロナウイルス感染症との関係で問題となり得る事項について説明するとともに、契約における議論の方向性について若干の考察を加えるものです。

2 表明保証と新型コロナウイルス感染症

(1)表明保証の概要

M&A契約においては、当事者の一方が、相手方に対し、契約締結時点とクロージング時点における一定の事項が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項である表明保証が規定されることが広く行われています。

特に、売主が買主に対して、売主自身に関する事項と対象会社に関する事項について表明保証する条項について、契約の交渉の主戦場となることが少なくありません。これは、買主は、デューディリジェンス等を経て把握した対象会社の状況及び企業価値を前提として、譲渡価格を含めた契約条項の条件を規定するため、条件設定の前提となる対象会社の状況等について、売主による表明保証を求める必要性が高いためです。

ニュースレター(1)において前述したとおり、前提条件は、当事者が取引の前提とした事実関係に変動等が生じた場合に、当事者に取引の実行を拒否できるようにすることを主たる機能としていますが、表明保証条項は、補償条項と組み合わさることで、取引実行後に、金銭補償(主に売主から買主に対するもの)を通じて、実質的に価格調整の役割を果たすことが主たる機能といえます。

(2)MAC条項と同一の機能を果たす表明保証条項について

M&A契約においては、前提条件の一内容として、表明保証の真実性・正確性に関する前提条件が定められることが多いといえます。具体的には、「本契約締結日及びクロージング日において、第●条第●条に定める売主の表明及び保証が重要な点において真実かつ正確であること」といった条項が前提条件として規定されることになります。

そして、売主側の表明保証として、「対象会社に重大な影響を及ぼす事由が生じていないこと」が規定された場合には、当該規定は、表明保証を通じて、前提条件として定められたMAC条項と同様の機能を有することになります(back door MAC条項と呼ばれます。)。

この場合には、ニュースレター(1)にて前述した議論が、当該表明保証条項においても当てはまることになりますので、詳細につきましては、ニュースレター(1)をご参照ください。

(3)表明保証の範囲

売主による表明保証の対象事項に範囲について、新型コロナウイルス感染症との関係で、当事者が留意すべき事項は以下のとおりです。

ア 売主側の留意点

M&A契約において、売主側の表明保証条項として具体的には、①対象会社が締結している契約には、対象会社又は相手方の債務不履行が生じておらず、また、そのおそれがないこと、②対象会社が当事者となっている訴訟、紛争及び第三者からのクレームが存在せず、また、そのおそれがないこと、③対象会社の貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー等に影響を及ぼす可能性のある事象は発生しておらず、また、そのおそれがないこと等、対象会社の企業価値に影響を及ぼす事象が生じていないことについて、幅広く規定されることが一般的です。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大の状況によっては、対象会社が契約の債務不履行を起こしてしまう可能性や、納期の遅延等による紛争・クレームが生じる可能性が否定できず、上記のような表明保証条項では、新型コロナウイルス感染症に起因する表明保証違反にについて、売主が全面的にリスクを負うことになりかねません。

そのため、売主としては、以下のような対応を採ることを検討することになります。

・表明保証条項において、新型コロナウイルス感染症に起因する債務不履行、紛争等について表明保証の対象としないこと

・対象会社が契約関係にある取引について、新型コロナウイルス感染症により影響を受ける程度、相手方との関係性等を検討し、債務不履行等の懸念のある契約について、可能な限り、買主に開示した上で、表明保証の対象から除外すること

イ 買主側の留意点

買主としては、新型コロナウイルス感染症の影響により対象会社の企業価値が毀損する事象が生じている可能性をカバーするため、新型コロナウイルス感染症に関するカーブアウト等はしないことを検討することになります。

また、新型コロナウイルス感染症の感染状況それ自体については、買主にとっても既知であり、将来の紛争(特に表明保証違反に係る補償請求の場面)において、その点が買主にとって不利に働かないように、表明保証違反と買主の主観との関係について、買主の主観が表明保証違反に影響を与えないものとする、いわゆる、プロ・サンドバッキング条項を定めておくことも検討することになると思われます(なお、表明保証の相手方が表明保証違反について悪意又は重過失である場合に、当該相手方による表明保証違反の主張が認められないことを示唆した判例として、東京地判平成18年1月17日判時1920号136頁があります。)。

3 誓約事項と新型コロナウイルス感染症

(1)誓約事項の概要

M&A契約における当事者の主たる義務は、売主による株式譲渡と買主による代金の支払いです。主たる義務に加えて、M&A契約では、クロージングの前後において当事者に一定の義務を負わせることが一般的であり、かかる義務を誓約事項と呼びます。

クロージング前の誓約事項の内容は、①クロージング手続(株式譲渡と代金支払)を行うために必要となる手続に関する義務(例えば、対象会社における株式の譲渡承認手続等)、②買主がデューディリジェンス等で把握した対象会社を取り巻く問題に対処するための義務と③契約締結がなされてからクロージングがなされるまでの過渡的な状況への対応に関する義務とに大別されます。

そして、買主は、対象会社を取り巻く問題が解消された状況でのクロージングを望むため、クロージング前の誓約事項の内容は、多岐に渡ることも少なくありません。

(2)クロージング前の誓約事項に関する留意点

新型コロナウイルス感染症の感染状況によっては、クロージング前の誓約事項が、達成されない事態も想定されます。例えば、対象会社の業務運営が売主側に依存しているという、いわゆる、スタンドアローンイシューを解消する場合には、新たな業務委託先等を見つける必要がありますが、新型コロナウイルス感染症感染拡大によって、スタンドアローンイシュー解消に向けたスケジュールが難航する場合があり得ます。

そのため、今後のM&A取引では、新型コロナウイルス感染症の感染状況を踏まえて、クロージング前の誓約事項の完了が遅延することに備えて、契約締結時点からクロージング時点までの期間を通常のM&A取引の場合に比べて長くすることや、クロージングとの関係で重要性の高い事項に限って誓約事項とすることを検討することになります。

この点に関する当事者の留意点は以下のとおりです。

ア 売主側の留意点

売主は、まず、買主から提示されたクロージング前の誓約事項が、契約締結時点とクロージング時点までの期間との関係で、達成可能なものであるか、新型コロナウイルス感染症の感染状況も踏まえて検討する必要があります。

また、売主は、契約締結時点からクロージング時点の期間が長くなる場合、前述の表明保証との関係を検討する必要があります。すなわち、表明保証は、契約締結時点とクロージング時点の2つの時点において、一定の事項について真実であることを表明保証することが一般的であり、契約締結時点からクロージング時点の期間が長くなった場合、この期間中に契約時点で予期していない事項が生じ、クロージング時点における表明保証に違反する事態が生じる可能性が高まることには注意が必要です。

イ 買主側の留意点

買主の立場からは、契約締結時点からクロージング時点の期間が長くなる場合においては、契約締結時点に想定していた対象会社の企業価値が、目減りしてしまうことも想定されます。契約締結時点からクロージング時点までの期間については、譲渡価格の合意の仕方と合わせて検討すべき事項となります。また、買主側としては、譲渡価格に関する調整条項を定めることも検討されます。

(3)対象会社の運営に関する義務についての留意事項

買主は、デューディリジェンス等を経て把握した対象会社の企業価値を前提として、M&A契約における譲渡価額に合意します。そして、M&A契約においては、契約締結時点からクロージング時点まで一定期間が存することが通常であることから、買主としては、当該期間に売主が対象会社の企業価値を毀損しないよう、M&A契約上の手当てをしておく必要があります。

そこで、M&A契約においては、クロージング前の誓約事項として、対象会社の運営に関する義務を定めることが一般的です。具体的には、「売主は、本契約締結日以降クロージングまでの間、本契約に明示的に定める場合又は買主が事前に書面により同意した場合を除き、対象会社をして、善良なる管理者の注意をもって、本契約締結日以前と実質的に同一かつ通常の業務の範囲により、対象会社の業務の執行及び財産の管理・運営を行わせるものとする。」といった条項が定められることになります。

この条項の要点は、①売主が、契約締結時点からクロージングまでの間、善管注意義務をもって業務運営にあたる必要があること、②売主の業務運営が、契約締結時点以前と実質的に同様になされること、という点にあります。

また、通常の業務の範囲以外の業務を明確にし、また、買主の同意を得る必要がある事項を明確にする観点から、別途、売主が買主の同意なしに行ってはならない事項を列挙する条項をおくことも少なくありません。

当該条項に関する当事者の留意点は以下のとおりです。

ア 売主側の留意点

売主は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う対応として、通常の業務の範囲以外の業務が発生することが想定されます。等

具体的に、対象会社が製造業を営んでおり、日々、工場で製品を生産している事例を想定します。そして、M&A契約においては、対象会社の業務運営に関する一般的な条項(買主の同意に関する特段の規定のない条項)が定められていたとします。

仮に当該工場においてクラスターが発生し、当該工場の生産ラインを止めざるを得なくなった場合、工場の生産ラインを止めることは通常の業務の範囲には含まれないと思われます。そのため、売主は、工場の生産ラインの停止について、M&A契約に従い、買主の同意を得る必要があります。

このようなケースにおいて、売主としては、速やかに生産ラインを止めた上、然るべき措置を講じて影響を最小限にしたいと考えたとして、買主が生産ラインを止めることには同意できないといった立場とった場合や買主が同意・不同意の意思を速やかに表示しない場合には、対象会社の業務に精通している売主の意向が事業運営に反映されない結果となります。

そこで、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う対応についての定めを置く等の対応を行うことが考えられます。

イ 買主側の留意点

買主は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴う対応は、対象会社の企業価値に大きな影響を与え得ることから、対象会社の事業が新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって受ける影響や、当該事業に対する買主の知見、当該事業が属する業界に対する買主の理解等の事情を総合的に考慮して、売主に対応を任せるべきか、買主が介入する余地を残すのかを検討することになります。

特に、新型コロナウイルス感染症に基づき、事業の縮小等を行うことが必要となる場合の対応等について明確化をしておくことが考えられます。


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松田綜合法律事務所
コーポレートチーム
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