M&P Legal Note 2018 No.6-1
都市農地の貸借の円滑化に関する法律(都市農地法)の概要
2018年7月25日
松田綜合法律事務所
弁護士 菅原清暁
第1 はじめに
2018年6月20日、衆議院本会議で、「都市農地の貸借の円滑化に関する法律」(以下「都市農地法」といいます)が全会一致で可決され、成立しました。
この法律を通して、都市農地が新たな農業の担い手である企業や個人に円滑に貸し出され、有効利用されることが期待されています。
本稿では、この都市農地法のポイントや仕組みについて概説いたします。
第2 都市農地法成立に至る経緯
都市農業が営まれている市街化区域内の生産緑地[1]は、原則として、生産緑地に指定後30年間、生産緑地の所有農家(以下「所有農家」といいます)に農地管理という営農が義務付けられます(生産緑地法第7条)。なお、この制度では、所有農家は、生産緑地指定から30年経過後、市町村に農地の買い取りを申し出ることができます(生産緑地法10条)。
当初、生産緑地指定から30年経過後は、生産緑地の宅地化が目指されていました。しかし、30年経過後の所有農家が一斉に生産緑地を宅地に転用すると、緑地が激減し、また、宅地が急激に増え不動産市場に多大な影響を及ぼすことが懸念されました。そこで、法改正により、30年経過後も、所有農家の同意を得て、市町村への買い取り申し出時期を10年ごとに延期できる制度が2018年4月より施行されました。
このような経緯の中、生産緑地の多くが指定後30年を迎える2022年を前に、生産緑地が宅地転用されることを抑えるさらなる誘導策を講ずるとともに、所有農家の高齢化を踏まえ、意欲のある新たな農業の担い手による都市農業への参画を促進させ、将来にわたり都市農業の有する機能を維持するための法整備が必要とされました。
そこで、都市農業の維持を目的として、2018年6月20日に都市農地法が可決、成立するに至りました。
第3 都市農地法のポイント
都市農地法は、(1)自らの耕作の事業の用に供するための都市農地の貸借(以下、「認定事業計画に基づく貸付け」といいます。)と(2)特定都市農地貸付けの用に供するための都市農地の貸借(以下、「特定都市農地貸付け」といいます)の2つの類型について、これらを円滑にするための規定が設けられています。前者は、生産緑地を借りる者が自ら事業として農業を行うことを目的に貸借する仕組みです。後者は、市民農園など営利を目的としない小規模の生産緑地を貸借する仕組みです。
都市農地法は、この2つの類型それぞれについて、これまで都市農地の貸借のハードルとなっていた農地法上の規制を除外することにより、貸借の円滑化を図ろうとしています。
以下では、特に重要と思われる、両制度に共通する重要な2つの適用除外について説明します。
1 農地権利移動制限の適用除外
農地法第3条では、農地に賃借権や使用貸借権を設定する場合、農業委員会の許可が必要とされています。また、同3条2項に、農業委員会が不許可としなければならない場合が定められています。
この点、都市農地法では、都市農地の貸出しを容易にするため、都市農地法上の認定事業計画に従って認定都市農地に賃借権等が設定される等一定の場合には、農業委員会の許可が不要とされました(都市農地法8条1項)。
2 法定更新制度の適用除外
農地法17条および18条は、都市農地の賃貸借について、都道府県知事の許可を受けたうえで当事者が更新しない旨の通知をしない限り、従前と同一の条件で契約が更新されることとされています(法定更新)。しかも、都道府県知事の許可については、農地法18条2項において、都道府県知事は、賃借人の信義則違反など限られた場合でなければ許可をしてはならないとされているため、いったん都市農地を第三者に賃貸してしまうと、所有農家は、簡単に農地の返還を求めることができなくなります。
このため、所有農家は農地を簡単に貸すことができず、結果として、新たな農業の担い手が都市農業へ参画する機会が失われていました。
この点、都市農地法では、一定の要件を満たす都市農地を賃貸する場合には、法定更新制度(農地法17条)が適用されず、賃貸借の期間終了後(事業計画に基づく都市農地の活用終了後)に、都市農地が所有農家に返還されることとされました(都市農地法8条3項)。
第4 都市農地貸借の手続き
1 認定事業計画に基づく貸付け
認定事業計画に基づく貸付けとは、自らが事業として農業を行おうとする者(個人・法人)に対して、一定の手続きに従って都市農地を貸付ける場合をいいます。
この類型において、都市農地法に基づき農地法の適用除外を受けるためには、次の手続きを経る必要があります。
なお、別紙「図1 自らの耕作の事業の用に供するための都市農地の貸借に関する仕組み」記載のフロー図も併せてご参照ください。
- 事業計画の作成・提出
農地を借りて事業を行おうとする者(申請者)は、「事業計画」を作成し、当該農地のある市町村に提出します(都市農地法4条1項)
- 市町村による事業計画の認定
事業計画の申請を受けた市町村は、認定要件をすべて満たしている場合、農業委員会の決定を経て、事業計画を認定します(都市農地法4条3項)。
【認定要件】
- 都市農業の有する機能の発揮に特に資するものとして都市農地法施行規則に定める基準に適合すること
- 周辺地域における農業の効率的かつ総合的な利用の確保に支障を生じないこと
- 農地のすべてを効率的に利用して事業を行うこと
- 事業計画に従って事業を行っていない場合、賃貸借を解除する旨の条件が契約書に含まれていること
- 他の農業者との適切な役割分担の下に継続的かつ安定的に農業経営を行うこと
- 法人の場合、執行役員等のうち一人以上が耕作の事業に常時従事すること
- 農地の貸借
事業計画の認定を受けた事業者(認定事業者)が農地所有者から賃借権等の設定を受けます。
- 利用状況の報告
認定事業者は、毎事業年度終了後3月以内に、耕作事業の実施状況などを記載した報告書を市町村長に提出する必要があります(都市農地法5条)。
なお、認定事業者が事業計画どおりに耕作していないと市町村が認めた場合、市町村は、認定事業者に対して、必要な措置を講ずることを勧告することができます(都市農地法7条1項)。また、認定事業者が勧告に従わない場合、市町村は、農業委員会の決定を経て認定を取り消すことができます(都市農地法7条2項)。
以上の手続を経ている認定事業者は、都市農地法に基づき、前記の農地法の適用除外を受けることができます。
2 特定都市農地貸付け
特定都市農地貸付けとは、地方公共団体や農業協同組合(以下「JA」という)以外のもの(以下「市民農園開設者」といいます。)が、生産緑地において公益的な市民農園等を開設することを目的として、一定の手続きに従って、所有農家から生産緑地の貸付けを受ける場合をいいます。
この類型については、既に、「特定農地貸付に関する農地法等の特例に関する法律」(以下「特定農地法」といいます)が制定されており、この特定農地法によって、都市農地法同様に、農地法の特例が認められています。しかし、特定農地法の適用を受けるためには、市町村が所有農家との間で使用権を設定したうえで、その市町村が企業等に農地を貸し出すという流れを経る必要がありました。
都市農地法では、市町村を介在させることなく所有農家が企業等に直接貸し出した場合でも、農地法が適用されない新たな枠組みが設けられました。
具体的には、次の手続きを経る必要があります。なお、別紙「図2 特定都市農地貸付けの用に供するための都市農地の貸借に関する枠組み」記載のフロー図も併せてご参照ください。
① 貸付協定の締結
市民農園を開設しようとする者(以下「市民農園開設者」という)が市町村との間で、以下の事項を盛り込んだ貸付協定を締結します(都市農地法10条)。
・10アール未満の農地の貸付で相当数の者を対象として定型的条件で行われること
・営利を目的としない農作物の栽培の用に供するための農地の貸付けであること
・貸付期間が5年を超えないこと
・生産緑地を適切に利用していない場合には市町村が協定を廃止すること
・承認の取り消しや協定を廃止する場合に市町村が講ずべき措置
② 農業委員会の承認(法11条)
市民農園開設者は、①の貸付協定と利用者に貸し付ける際の条件等を定めた貸付規程を農業委員会に提出し、承認を申請します。農業委員会は、次の承認要件に該当する場合、市民農園開設者の申請を承認します。
【承認要件】
- 周辺地域における農用地の農業上の効率的かつ総合的な利用を確保する見地から見て、当該農地が適切な位置にあり、かつ、妥当な規模を超えないもの
- 貸付を受ける者の募集及び選考の方法が公平かつ適正なもの
- 貸付規程に定める事項が貸付の適正かつ円滑な実施を確保するために有効かつ適切なもの
③ 所有農家からの賃借権設定
農業委員会の承認を受けた後、市民農園開設者は農地所有者から農地を借り受けます。
④ 開設者から利用者への賃借権設定
市民農園開設者が、農業委員会の承認を受けた貸付規程に従い、利用者に対して農地を貸し出します。
以上の手続きを経た場合、都市農地法に基づき、前記の農地法の適用除外を受けることができます。
第5 税制改正による後押し
以上のような都市農地法による新たな枠組みに加えて、平成30年度税制改正により、都市農地貸付に関わる重大な改正がされました。
都市農地については、農地に高額な税が課された場合に農業経営の維持が困難となる可能性があることに配慮し、相続人が取得した後で引き続き農業経営を行う場合には、一定の範囲で納税が猶予される制度(相続税納税猶予制度)が設けられています。
しかし、税制改正前は、所有農家が相続税納税猶予の適用を受けている都市農地を第三者に貸し付けると、納税猶予が打ち切られるとされていました。これがハードルとなり、所有農家は、相続税納税猶予が適用されている農地を容易に第三者に貸し出すことができませんでした。
平成30年度税制改正では、都市計画法の制定を前提にこの点が改正され、都市農地が貸し出された場合でも引き続き相続税納税猶予が受けられることとされました。
これによって、所有農家は、税負担を心配せずに都市農地法の枠組みの中で農地を第三者に課すことができるようになりました。
第6 今後の課題について
都市農地法の成立によって、生産緑地の所有農家が、農業参入を希望する企業などに安心して貸し出す仕組みが整いました。しかし、本法律が活用され、本法律の思惑通りに農地の第三者への貸与が促進されていくためには、農地を所有する農家と新たな農業の担い手である企業・個人の間に入って、両者の仲介的な役割を果たす仲介役の存在が不可欠と思われます。
仲介役の筆頭は各地方自治体ですが、生産緑地の所有農家とのつながりの深い農協(JA)のほか、地域金融機関や仲介機能のノウハウを有する民間企業などにもその役割が期待されます。
また、都市農地法は、生産緑地が対象となりますが、三大都市圏の特定都市では生産緑地の導入が進む一方、それ以外の市町村ではわずか2%しか導入されていません。このため、都市農地の有効利用と維持のため、生産緑地の導入拡大を推進していくことも、今後の重要な課題と一つといえるでしょう。
[1] 生産緑地とは、生産緑地法に基づき、市町村から指定を受けた市街化区域内の農地をいう。生産緑地地区に指定されると、同地区内の生産緑地の所有農家は、固定資産税等の軽減税率の適用や相続時の納税猶予というメリットを受ける一方、生産緑地の指定から30年間、農地管理という営農が義務付けられる。この期間、原則として宅地への転用は認められない。
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