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2017-9-1 保育園の騒音をめぐる裁判~判例(大阪高等裁判所平成29年7月18日判決)より~

M&P Legal Note 2017 No.9-1

保育園の騒音をめぐる裁判~判例(大阪高等裁判所平成29年7月18日判決)より~

2017年10月31日
松田綜合法律事務所
弁護士 菅原清暁


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第1 はじめに

近隣住民の反対などを受けて保育園開設を断念したというトラブルは、全国的に複数発生していますが、裁判にまで至ったケースはそれほど多くありません。
本稿では、保育園の開設をめぐり保育事業者と近隣住民との間で裁判に至った事案を題材に、保育事業者が保育園を開設するにあたって、配慮しておくべき内容について概説いたします。
なお、本裁判は、第1審(神戸地方裁判所H29.2.9)において近隣住民が全面敗訴したため、近隣住民により大阪高等裁判所に控訴されました。

第2 騒音問題裁判

1 事案概要

(1) 保育園の概要

問題となった保育園施設は、平成18年4月1日に開園した神戸市内の認可保育園です。定員数は約120名であり、開園日は月曜日から土曜日まで、保育時間は午前7時から午後7時まで(特例保育及び延長保育の時間を含む。)でした。
保育園と裁判を起こした男性宅とは、男性宅南側敷地から約10m離れた距離に保育園北側敷地があるという位置関係でした。なお、男性及び保育園が所在している地域は、都市計画法の用途地区における第一種住居地域[1]に指定されています。

(2) 紛争に至る経緯

保育園事業者は、平成16年7月以降、新設保育園の新築工事及び工事に関する説明会を開催し、周辺住民に対し、事業の概要、保育園施設の設計内容、建築工事の予定等を説明していました。
近隣住民からは、第1回説明会より、園児が発する声等による騒音などの懸念が示され、保育園の窓を防音ガラスにすること、敷地境界線に建てる塀を防音性のあるものにすることなど、現在の住環境をできるだけ維持するため、建物の構造、仕組みを検討するよう意見が出されました。
保育園事業者は、近隣住民の意見を踏まえて、園庭の位置を変更する設計変更などを行いましたが、近隣住民との協議は難航しました。
このため、保育園事業者は、住民説明会と並行して、個別の近隣住民との間で、騒音対策の一環として、次のような合意を交わしました。

  • 近隣住民の住宅の窓を保育園事業者の費用負担で二重サッシにする。
  • 保育園施設と西側住民の境界線からの距離を1,649mmから2,000mmに変更する。

併せて、保育園事業者は、保育園北側敷地境界線上に高さ3mの防音壁(積水樹脂株式会社製のアルミ・樹脂積層複合材等を原材料とする遮音性能を有するフェンス)を設置しました。
このような経緯を経て、平成18年3月8日、当初の予定より約1年遅れて保育園施設が完成しました。
これに対して、近隣に居住する男性Xが保育園に対して、保育方針や保育能力を非難する葉書やファックスを頻繁に送付したり、本件保育園の周辺に「児童虐待紛いの喚声騒音」等と記載し、ドクロや泣き叫ぶ子どものイラスト等を描いた看板を立てたりなどしました。
そこで、保育園は、男性Xに対して、営業活動の妨害を禁じる仮処分命令の申立てをし、神戸地方裁判所によって仮処分命令が発せられました。
このような状況の中、近隣に居住する男性Xは、平成18年4月1日の保育園の開園後、保育園の園児が園庭で遊ぶ際に発する声等の騒音が受忍限度を超えており、日常生活に支障を来し、精神的損害を被ったと主張し、慰謝料100万円の損害賠償を請求するとともに、保育園からの騒音が50dB以下になるような防音設備の設置を求めました。

2 裁判所の判断

(1) 裁判所が示した判断基準

本裁判において裁判所は、騒音による被害が違法な権利侵害になるかどうかの基準について、「侵害行為の態様、侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、当該施設の所在地の地域環境、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の諸般の事情を総合的に考察して、被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうか」により決めるべきとしました。

併せて、この「被害が一般社会生活上受忍するべき限度を超えるものかどうか」を判断するため、環境基準、騒音規制法及び神戸市の騒音基準は、公害防止行政上の指針や行政上の施策を講じるべき基準を定めており本来私人が発生させる騒音問題に直接適用されないものの、騒音が生活環境や人の健康に与える影響に係る科学的知見に基づき、周囲の環境等の地域特性をも考慮して定めた「有益な指標」であるとしました。そのうえで、本裁判において、これらの基準に照らして「被害が一般社会生活上受忍するべき限度を超えるものかどうか」が検討されました。

(2) 本事例に対する裁判所の判断

裁判所は、次のように判断したうえで、保育園から発生する騒音は、いまだ一般社会生活上受忍すべき限度を超えているものとは評価できないとして、保育園側に全面勝訴判決を言い渡しました。

① 騒音の程度について

環境基準については、男性宅敷地内での騒音レベル測定結果が基本指針値の昼間の時間帯の指標を上回っていないことが認められる。
他方で、騒音基準については、保育園敷地境界線での騒音レベル測定結果が基準を上回っていることが認められる。
もっとも、「騒音が被侵害者に対して及ぼす影響の程度については、騒音源である敷地の境界線で測定された騒音レベルに加えて、騒音源と被侵害者との距離、騒音の減衰量等をも踏まえて検討するのが相当」であり、騒音基準を超える騒音が直ちに受忍限度を超える騒音と評価されるものではない。
男性宅と保育園の境界線とは約10m離れており、その間に他の住民の居宅が介在していることから、測定された騒音レベルは男性宅内では減衰しているため、保育園の騒音が近隣住民に対して及ぼす影響は大きくない。
加えて、男性宅と保育園施設が存在する地域について、阪神高速道路神戸線及び国道43号線からの自動車騒音、六甲ライナーによる電車騒音が連続的ないし断続的に存在する地域であり、近隣住民宅においてはこのような騒音の影響も強く受けている。
以上のような事情を考慮すると、既に退職し1日の大半を自宅で過ごしていた男性について、日中を主として外で過ごしている者と比較して、保育園から発生する騒音の提供を受ける程度は決して小さくなく、男性が不快感、不安感を抱くことは理解できるものの、環境基準をわずかに上回る騒音が発生しているにとどまり、一般的にみれば、保育園で発生する騒音により男性が被る被害は日常生活に重大な影響を及ぼす程度とは言えない。

② 保育園の有する公共性・公益性

園児が園庭で遊ぶ時に発する声の受け止めかたについては、これを気になる音として、不愉快、不快等と感じる者もあれば、さほど気にせず、むしろ健全な発育を感じて微笑ましいと感じる者もいると考えられる。
保育園が一般的には単なる営利目的の施設などとは異なり公益性・公共性の高い社会福祉施設であること、園児が園庭で自由に声を出して遊び、保育者の指導を受けて学ぶ機会はその健全な発育に不可欠であることからすれば、保育活動から生じる騒音については、侵害行為の態様の反社会性が相当に低いといえる。
加えて、本件裁判で問題となった保育園においては、神戸市における保育需要に対する不足を補うため神戸市からの要請を受けて設置・運営したという経緯があり、神戸市における児童福祉施策に寄与してきた。
受忍限度の程度を判断するにあたっては、このような保育園の有する公共性・公益性も考慮要素となりうる。

③ 被害の防止に関する措置

保育園の開設までの経緯を見ると、保育園事業者は、近隣住民に対して何度か説明会を開催して工事内容等を説明してきた。
園児が発する声等による騒音被害についての質問や要望等についても検討を重ね、保育園施設設計の一部変更、遮音性能を有する本件防音壁の設置を行っている。
近隣住民の一部とは防音対策に係る合意を交わしており、男性との間でも、合意に至らなかったが騒音対策について何度も折衝を行った。
このような経緯について、保育園事業者側に特に不誠実であったと指摘できる事情は見当たらない。

第3 裁判例から学ぶべきこと

本裁判で注目すべきは、保育園が発する騒音が近隣住民の受忍限度を超えているかを判断するにあたって、「保育園の有する公共性・公益性」という事情も考慮要素となりうることを明確に判示した点と言えるでしょう。
この点について、第一審判決は、男性が保育園に通う園児を持たず保育園開設の恩恵を直接享受しているものではないとして、「保育園が一般的に有する公益社・公共性を殊更重視して、受忍限度の程度を緩やかに設定することはできない。」と判示していました。
本裁判でも指摘されているとおり、園児の声の受け止めかたは人それぞれであり、園児の声を不快と感じる近隣住民に、保育園の開設が一定の負担を強いることになるのは事実と考えられます。
しかし、保育園は、子どもたちが健全に発育し、また、保護者が安心して働くためには必要不可欠な福祉施設であり、その恩恵は、広く考えれば国民全員が享受しているともいえるでしょう。
このように考えれば、保育園開園に伴う負担は(保育園に通う園児がいるか否かに関わらず)誰もがある程度は許容すべきものと考えられます。
その意味で、「保育園の有する公共性・公益性」を違法性を判断するため考慮要素の1つになるとした本裁判は評価できるでしょう。
しかし、本裁判は、保育園から発生する騒音が常に受忍限度を超えるものではないと判示したものではありません。
本裁判では、「保育園の有する公共性・公益性」の他にも、実際に保育園が発していた騒音の程度、男性の居住地域のもともとの騒音状況、保育園開園までの経緯及びその間に採られた被害の防止に関する措置が丁寧に検討されました。
したがって、保育園開設前後を通じて保育事業者が周辺住民に対して不誠実な態度をとっていた場合には、保育園の騒音をめぐる裁判において、保育事業者が敗訴する可能性も十分あり得るものと考えられます。
そこで、保育園開園にあたっては、本裁判で検討された考慮要素を1つの手がかりにして、近隣住民にも配慮した適切な対応を取る必要があります。

第4 保育園事業者に求められる対策

保育事業者としては、本裁判を参考にして、最低限、以下のような点について対策を講じておく必要があると考えられます。

(1)保育園施設

  •  保育園開設予定地区の環境基準、騒音規制基準を把握し、園児の声がこれらの基準を超える可能性があるか慎重に検討する。
  •  保育園施設に防音機能を施し(二重窓など)、 室内の園児の声ができる限り外部に漏れることのないように配慮する。
  •  園庭の場所は、できる限り周辺住民に配慮した位置に設置する。
  •  特に園庭で遊ぶ園児の声が周辺住民に与える影響が大きいことに配慮し、園庭で遊ぶ時間を毎日3時間程度に限定する。
  •  住宅地域など、特に閑静な地域に保育園を開設する場合には、通常の地域に比して、騒音に対する対策を講じる。

(2)住民への対応

  •  住民説明会をできる限り開催し、保育園の概要、工事の内容について丁寧に説明する。
  •  住民説明会での説明内容と実際の保育園の運用に齟齬が生じることのないように、住民説明会では保育園の概要を正確に説明する(住民説明会で説明した定員以上の園児を受け入れる場合など)。
  •  必要に応じて、複数回説明会を開催したり、個別説明を行ったりして、地域住民の理解が得られるように努力する。住民の理解が十分に得られていないにもかかわらず、形式ばかりの住民説明会を1回のみ開催し、保育園施設の建設工事を強行するようなことはすべきではない。
  •  住民から園児が発する声等による騒音被害について質問や要望等があった場合には、これを真摯に受け止め、設計の変更や騒音防止策の導入などを可能な範囲で検討する。
  •  住民との交渉経緯や講じた対策などについては、逐一書面に残すなど証拠化しておく。

(3)騒音以外の配慮

  • 臭い
    調理室からの排気ダクトの方向によっては、臭いに関する問題でトラブルになることがある。
    保育園施設の設計にあたり、調理室の排出ダクトの位置などについても周辺住民に配慮することが望まれる。
  • 交通
    郊外の保育園では、保育園への送り迎え時に行われた保護者の違法駐車により、近隣住民との間でトラブルに発展することが少なくない。
    保護者に対しては、送り迎え時のマナーを守るよう重ねて呼びかけ、保護者のマナー違反により近隣住民に迷惑をかけることのないように配慮すべきである。

最後に、保育園の騒音に関する問題は、地域社会における人間関係(コミュニケーション)が欠如していることも原因と考えられます。真の意味で、保育園が地域社会に受け入れられる施設になるために、保育事業者が自治会や保護者とも連携を取りながら、地域のイベント開催などを通じて地域住民とコミュニケーションをはかる機会を提供し、地域社会の人間関係の形成の一翼を担うことも重要です。

 

[1] 住居の環境を守るための地域として指定されるもので、指定地域では、保育所・幼稚園・学校などを建てることが認められています。

 


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