M&P Legal Note 2017 No.8-2
オーナー(法人・個人)が必ず知っておくべきトラブル回避術(改正個人情報保護法編②)[全3回]
2017 年9 月19 日 松田綜合法律事務所 弁護士 菅原清暁
第1章 個人情報の取扱いに関するトラブル事例
前稿の改正個人情報保護法編①において記載したとおり、関係当事者間でクレームやトラブルが発生しやすい不動産業界においては、個人情報保護に係るリスクを正確に把握し、改正個人情報保護法においてまずおさえておくべきポイントを知っておくことがとても重要です。
本稿及び次稿では、個人情報の取扱いに関して実際に発生したトラブル事例を題材にし、個人情報保護法が定めるルールや不動産オーナーが最低限知っておくべきポイントを解説いたします。
【トラブル事例】
賃貸物件において借主の賃料滞納が長期に及んだ。借主は貸主に対して、妻が病気にかかり医療費がかかっていることを理由に、翌月まで支払期限を猶予することを要請した。
そこで、貸主は、借主に対して妻の診断書を提出させ、賃料の支払いを翌月まで猶予することとした。
しかし、翌月になっても借主から賃料が支払われなかったため、貸主は、借主との賃貸借契約を解除し、借主に対して退去を求めた。これに対して、退去に伴い借主から診断書の返還を要求されたが、診断書が管理会社のもとで紛失されていた。
これを受けて、借主からは、以下の主張とともに、貸主に対して、滞納賃料全額免除及び引越費用の支払いが要求された。
- 診断書の提出時に利用目的が明示されていなかったため、個人情報法保護法に違反する。
- そもそも、借主は、貸主に診断書を提出したのであって、貸主が管理会社に診断書を渡すことは許可していない。
- 個人情報を適切に管理せず診断書を紛失したため、貸主には個人情報保護法上の違反がある。管理会社が診断書を紛失した場合であっても、貸主はこの責任を免れない。
- 診断書の紛失により、精神的損害を被ったので慰謝料を請求する。
第2章 本事例においておさえておくべきポイント
本事例を通して不動産オーナーが知っておくべきポイントは多数ありますが、特に次の点については、十分に理解しておくべきです。
① 診断書に記載されている情報のうち、どの情報が「個人情報」にあたるか。
→何が個人情報保護法上の「個人情報」にあたるのか
② 診断書の取得時に利用目的を明示する必要があったのか。
→個人情報を取得するときのルール
③ 貸主は、借主の明確な許可を得ない限り、管理会社に診断書を渡してはいけないのか。
→個人情報を他の者に渡すときのルール
④ 管理会社が診断書を紛失した場合も貸主は責任を負うのか。
→個人情報を取得した者が負うべき責任の範囲
以上の①~④のうち、本稿においては①と②、次稿では③と④について解説いたします。
第3章 何が個人情報保護法上の「個人情報」にあたるのか
個人情報保護法上、『「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)』とされています。
事例でいえば、診断書記載の氏名、病名、生年月日、年齢、住所などの情報が個人情報に該当します。
(参考)
以下の情報も「個人情報」に該当するとされています。
- 氏名のみ:氏名のみであっても、個人情報に該当する。
- 成約情報:住居表示・地番が含まれている場合など、住宅地図等により所有者たる特定の個人を識別することができる場合は個人情報に該当する。このため、REINS(※)掲載情報は個人情報に該当する。
- テナント情報:法人が借主の場合は、生存する「個人」の情報ではないため個人情報に該当しない。ただし、法人の担当者個人に関する情報は個人情報に該当する。
- メールアドレス:ユーザー名やドメイン名から特定の個人を識別することができる場合、あるいは別に名簿などがあり、それとマッチングすることにより個人を特定することができる場合は個人情報に該当する。
※REINS(Real Estate Information Network System)=不動産流通標準情報システム
第4章 個人情報を取得するときの大切なルール
個人情報保護法上、個人情報取扱事業者が個人情報を取得する場合、次のルールを守らなければなりません。
① 個人情報の利用目的をできる限り特定し、あらかじめ本人に通知または公表すること
個人情報取扱事業者が個人情報を取得する場合には、利用目的を特定し、あらかじめその利用目的を公表している場合を除いて、速やかにその利用目的を本人に「通知」または「公表」しなければいけません。
- 「通知」:個人情報の利用目的を本人に認識させるために、口頭、電話、郵便、電子メール等により本人に知らせること
- 「公表」:インターネット上に掲載するなど、個人情報の利用目的を不特定かつ多数の者が知ることができる状態におくこと
また、個人情報取扱事業者が本人との間で契約を締結することに伴って、契約書その他の書面に記載された当該本人の個人情報を取得する場合、その他、本人から直接書面に記載された当該本人の個人情報を取得する場合は、「通知」、「公表」ではなく、あらかじめ本人に利用目的を「明示」する必要があります。
このため、原則として、貸主が借主から書面に記載された借主の個人情報を取得する場合は、借主に個人情報の利用目的を「明示」しなければいけません。なお、「明示」は、ホームページに掲載するだけでは足りず、本人の慎重な判断の機会を確保するために、個人情報の利用目的を本人に直接はっきりと示す必要があります。
ただし、以下の場合には、例外的に、利用目的を明示する必要がないとされています。
- 本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
- 個人情報取扱事業者の権利または正当な利益を害するおそれがある場合
- 国の機関または地方公共団体が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、利用目的を本人に通知し、または公表することにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき
- 取得の状況から見て利用目的が明らかであると認められる場合
本事例でいえば、診断書を提出するに至った経緯から診断書の利用目的は明らかといえます。このため、貸主は、「取得状況から見て利用目的が明らかであると認められる場合」に該当し、診断書受領時に利用目的を明示せずとも、個人情報保護法に抵触することはありません。
この例外規定はとても有用です。例として、次のようなケースは、いずれも「取得の状況から見て利用目的が明らかであると認められる場合」に該当し、当該利用目的で利用される限り、利用目的を明示する必要はありません。
- 重要事項説明書などの書面によって本人から直接個人情報を取得する場合
- 不動産売買において購入希望者(個人)から買付証明書を取得した場合
- 不動産賃貸借において賃借希望者から入居審査のために収入に関する書類を取得した場合
② 利用目的の範囲内で個人情報を取り扱うこと
個人情報取扱業者は、本人に対して「通知」「公表」「明示」された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を利用してはいけません。
本事例では、支払猶予の理由を確認するために診断書を受領しているため、貸主は、この理由以外に診断書の内容を利用することは許されません。なお、不動産取引で問題となるケースの例として、以下のような場合があります。
- 他の不動産物件を紹介するためにダイレクトメールを送ることは、本人に明示された利用目的に含まれていない限り許されない。
- 不動産取引の制約情報(住宅地図等により所有者たる特定の個人を識別することができる形式で掲載されていた場合に限る。)をREINS などの物件情報サイトに掲載することは、本人に明示された利用
目的に含まれていない限り許されない。
③ 適正な方法で個人情報を取得すること
個人情報取扱事業者は、偽りその他不正な手段によって個人情報を取得してはいけません。
例えば、個人情報保護法に違反する個人情報の提供であることを知りながら、これを開示者から取得することも、不正の手段による取得に該当するため認められません。
このため、本人以外の者から個人情報の提供を受ける場合は、個人情報を提供する側だけでなく、個人情報の提供を受ける側も、この個人情報の提供が関係法令に抵触する違法な行為ではないか、慎重に判断する必要があります。
次稿では、本稿に続き、第1記載の事例を題材として、第2③④に関し、不動産オーナーがおさえておくべき個人情報上のルールをご説明するとともに、本事例がどのように解決されたかについてご紹介いたします。
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弁護士 菅原 清暁
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