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2017-7-2 保育施設におけるプール事故での 法的責任(後編)

M&P Legal Note 2017 No.7-2

保育施設におけるプール事故での法的責任(後編)

2017年8月31日 松田綜合法律事務所 弁護士 岩月 泰頼

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第1 はじめに

前編では、平成29年8月24日にさいたま市区内の保育園で発生した園児(4歳児)のプール死亡事故の法的責任や近年のプール事故について解説しました。
本稿では、保育施設でのプール事故の先例的な裁判で、現在も争われている神奈川県大和市内の幼稚園で発生したプール事故(以下「本件事故」といいます。)について解説します。
なお、本件事故は、平成23年7月11日に発生しているところ、裁判の経過は以下のとおりです。

① 平成26年3月24日 横浜地裁

担当教諭に対し、業務上過失致死罪により罰金50万円の判決(一審で確定)

② 平成27年3月31日 横浜地裁

園長に対し、業務上過失致死罪について無罪判決(一審で確定)

③ 平成29年4月13日 横浜地裁

担当教諭、園長及び学校法人に対し、連帯して合計約6300万円等の支払いを求める判決(遺族側が控訴しており高裁で審理中)

③の民事裁判については、現在、控訴審で審理しています。

第2 本件事故の事案の概要

事案の概要は以下のとおりです。「幼稚園では、事故当日、直径約4.15mの円形のプールに水深21cmの水を張って、プール活動が行われていた。新任であった担当教諭Ⅹは、3,4歳児を対象とした年少組を担当し、事故当日午前11時35分頃から、被害児(当時3歳)を含む11名にプール活動をさせていた。開始時は教諭Aが担当する別の年少組と一緒であったが、先にその組がプールをあがってシャワーを
浴び始めたので、Xは、11名の園児を一人で監視することになった。その後、Xは、ビート板等の遊具を片付けていたところ、被害児童が溺れていることに気付かず、同児童は溺水状態に陥った(なお、Xがプールから目を離していた時間は30秒に満たない。)。11時48分頃、シャワーを浴びさせていた教諭Aがプールでうつ伏せに浮かぶ被害児童を発見し、Xに声を掛けて発覚した。
その後、Xは、被害児童を抱えて事務所に移動したものの誰もおらず、心臓マッサージを行った(その後、主任教諭が被害児童を園医まで連れて行った。)。11時51分頃、幼稚園の教諭から園医にプール事故の連絡をし、11時54分頃、園医から119番通報がなされ、その後、被害児童が病院に搬送されたが溺死と判定された。」

第3 本件事故の刑事責任

本件の刑事責任については、業務上過失致死罪の成否が問題となるところ、上記①②の判決が出ており、担当教諭Xの有罪と園長の無罪が確定しています。以下では、担当教諭Xと園長の刑事責任について解説します。

(1)裁判所の過失(注意義務違反)の考え方

上記②の判決で、裁判所は、過失すなわち注意義務違反の考え方を明らかにしています。
裁判所は、「特定された過失内容について結果回避可能性が肯定されること、すなわち、行為者が園注意義務を履行することによって、実際に結果の発生を回避できたと認められることが必要とされる。そして、そのような注意義務を課すには、当該行為者に注意義務を肯定するに足りるだけの予見可能性が必要であ」る、としています。
言い換えると、過失が認められるには、例えばⅰ)きちんと監視する等の注意義務を果たすことで被害児童がプールで溺れることを避けられたといえる必要があり、さらにそのためには、ⅱ)溺れることが予想できなければならない、としているのです。

幼児においては、数十センチ程度の低い水位でも溺れることがあることは保育・幼稚園業界では常識であり、ⅱ)は認められますし、いずれの判決でも肯定しています。
そこで、問題となるのはⅰ)となります。ⅰ)とは、つまり、どのような注意を払っていれば(注意義務を果たしていれば)溺死という結果を避け得たのかという議論であり、難しい問題をはらんでいます。前編(第5)で解説しましたが、施設事故の特殊性として、「ひとつの事故では、関係者それぞれの不注意が重なって発生している」ことがほとんどであり、関係者ごとに注意義務の内容を考えなければならないからです。
担当教諭でなかった教諭Aの責任も問題となるのですが(実際③の民事裁判では争われています)、以下では、刑事責任の対象となったXと園長の責任について解説します。

(2)担当教諭Xの監視義務

プール事故に限らず、園児を担当する教諭については、直接園児を見ていることから、危険が予想できればその危険を排除できることが多いので、注意義務が肯定されやすいといえます。例えば、園児が車道で遊んでいれば車に引かれる可能性があるわけですから、車道で遊ばないよう指導・回避する注意義務があります。園児が園庭の木の高いところに上っていれば、落下して怪我をする危険があるわけですから、すぐに木から降ろさせる注意義務があることになります。これらの回避措置を採らなければ、実際に事故が起きた場合、注意義務違反として責任を問われることになります。
本件事故では、②判決において、以下のように述べてXの監視義務違反を認めています。

「C4組の園児らはいずれも3歳ないし4歳児であって、当時の水深程度であっても、プール活動中に溺れる危険性があったのであるから、B教諭には、遊具の片付け作業の際には、本件プール内の園児が溺れていないか確認し、溺れた園児がいた場合には直ちに発見して救助できるように、常に本件プール内全体に目を配り、園児らの行動を注視すべき業務上の注意義務があった。それにもかかわらず、B教諭は、…遊具を入れる籠に受け取った遊具を入れたり…することなどに気を取られ、遊具の片付け作業の間、プール内全体に目を配らず、園児らの行動を十分注視せず、溺れた被害児童を見落としたまま放置した過失が認められる。」

(3)園長の監督義務

園長の監督義務は、②③判決でも大きく争われています。
園長のように直接現場を管理していない上位者については、現場で働く教諭・保育士に対する教育・指導義務違反と安全管理体制構築義務違反が問題とされます。そして、②判決では、園長の注意義務として、a)担当教諭Xに指導する義務とb)複数監視体制構築義務の有無が争われました。
a)の指導義務の内容は、「プール活動終了時の遊具の片付けをする際には、プール内の園児が見渡せるように、…プールの中央側に顔を向ける体勢で立った上、遊具を片付ける籠を体の前に持ってくる方法又はこれに類する方法」を十分に教示する」注意義務というもので、簡単に言うと、「プール方向を向いて片付けるという方法を教示する」義務です。

この点について、②判決は、担当教諭Xが「なるべく全体に目を向けて見るよう努めていたつもりであったというにもかかわらず、被害児童が溺れていたことを見落としていたと認められるのである。…そうすると、(上記)教示をしたからといって、これによって本件事故発生という結果が回避できたと認定することはできない」として注意義務違反を否定しました。つまり一応は、プール方向を向いており、にもかかわらず見落としたのであるから、例えプール方法に向いて片付けるよう指導しても事故は防げなかった、と認定されました。

さらに、b)の複数監視体制構築義務についても、②判決は、安全管理規程、安全標準指針及び慣行等に照らして、当時、プールの監視体制について、「幼稚園等のプールといっても、プールの規模が様々である上、監視の在り方にもばらつきがあったことが認められる」として、注意義務を否定しました。これは、社会通念上、担当教諭にどのような注意義務が課されるべきかという問題で、規程や指針や慣行がその判断基準とされている部分が重要です。

以上のような判断から、②判決では、園長の責任を否定して無罪としました。
ちなみに、上記のb)複数監視体制構築義務については、平成23年当時の指針や慣行を前提に判断しているものです。
現在のように保育・幼稚園でのプール事故が少なくない社会情勢においては、今後、国や地方自治体による指針等が変更され、また慣行も変化して、複数監視が常識になっていくかもしれません(すでになっているかもしれません)。
その場合、同じような事故が発生すれば、将来の裁判では、園長の複数監視体制構築義務違反が肯定され有罪とされる可能性もあると考えます。

第4 本件事故の民事責任

(1)関係者の民事責任

民事裁判である③判決では、担当教諭Xと園長だけでなく、法人、主任教諭、別の年少組の教諭Aの賠償責任が争われましたが、過失の有無の判断としては、①②判決の結論を踏襲しました。なお、教諭Aや主任教諭の責任が問われているように、民事裁判では、関係者の責任が広く問われることが多いのが特徴です。これは、前編(第5)で説明したように、施設事故では、「ひとつの事故では、関係者それぞれの不注意が重なって発生している」という特殊性を内包しているからにほかなりません。

担当教諭Xと園長の注意義務違反については、概ね前項で説明した刑事責任(①②判決)を踏襲しており、Xについて監視義務違反を肯定し、園長について、教示義務違反及び複数監視体制構築義務違反を否定しました。しかし、園長については、過失はないものの代理監督者責任が認められるということで賠償責任が認められていますが、これは次項で解説します。

次に、Xの年少組と一緒に別の年少組をプール遊びさせ、先にシャワーを浴びさせていた教諭Aについては、自分が担当する組以外の監視義務があるかどうか争われました。しかし、③判決では、自分の担当する園児の面倒やプールサイドから転落しないように注意する必要があり、他の組まで監視することは事実上困難ということで、監視義務を否定しました。

さらに、主任教諭について、Xに対する指導・教示義務違反及び適切な配置義務違反も争われましたが、園長と同様に、いずれの責任も否定されました。

最後に、学校法人の責任ですが、従業員であるXの不法行為責任が認められていることから、使用者責任(民法715 条1 項)として賠償責任が肯定されています。

(2)代理監督者責任

刑事責任と民事責任との比較において一番の違いは、園長の責任の有無です。③判決において、園長は、刑事責任は無罪とされながら、民事責任では、Xや法人と同様の賠償責任を負わされています。
これは、代理監督者責任(民法715 条2 項)というもので、実際上現実に使用者(法人)に代わって事業を監督する者である場合には、法人の使用者責任と同様の責任を負うという制度です。
このように、民事責任では、施設長自身の注意義務違反が否定される場合であっても、使用者責任と同様の責任を負わされる可能性があることに注意しなければなりません。

第5  本件事故のその他の観点

本件事故の事故後の対応をみてみると、担当教諭Xは、被害児童が溺れていることに気付いたのち、すぐに心肺蘇生をせずに事務所に行き、幼稚園としても、すぐに119番通報せずに、園医に連絡をして、この園医から119番通報されています。
このように重大事故では、事故後の対応に不慣れであることから、適切な処置が行われないことがほとんどです。実際、③判例でも、事故後の対処が不適切であった点を指摘されています。
事故によっては、適切に事故後の対処を施すことによって死に至らない場合も少なくありません。
重大事故は、頻繁に起きるわけでないことから、ほとんどの場合は、人生で初めて重大事故を目の当たりにし、パニックに陥り、対処が後手に回ってしまいます。
この様な事を防ぐには、普段から心肺蘇生術やAEDの使い方を習得しておくことはもちろんの事、避難訓練と同じように、事故を想定して実際に119番通報や心肺蘇生を行ってみる事故シュミレーションを行うことが非常に有益です。

第6 おわりに

保育・幼稚園におけるプール活動や水遊びは、児童らが水に親しみ、感性や想像力を磨き、知性を育み、体力を養うとても重要な機会です。だからこそ、地方自治体もプール遊びや水遊びを積極的に勧めています。
他方、前編の統計にあるように、保育・幼稚園における重大なプール事故の発生を挙げると枚挙に暇がないことも現実です。
水の事故では、あっという間に重大事故につながるという特性をもっており、少しの時間、目を離しただけで発生してしまう可能性があります。
その分、体制を整え、かつ監視担当者の教育も十分に行い、準備を整えてプール活動を実施することが必要となります。

 


弊所では、保育関連事業に特化したリーガルサービスを提供しており、安全管理体制構築のためのお手伝いもさせていただいております。

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