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2016-7-1 近時のセクハラ・パワハラ問題について(中編)

M&P Legal Note 2016 No.7-1

近時のセクハラ・パワハラ問題について(中編)

2016年12月19日
松田綜合法律事務所
弁護士 兼定尚幸

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第1 はじめに

第1回(前編)で解説したとおり、セクハラ・パワハラ問題について、近時特に議論されている点を中心に、全3回に渡って解説していきます。
第2回(中編)は、セクハラ・パワハラの判断基準及び該当例についてより具体的に解説します。なお、第3回(後編)では、セクハラ・パワハラ問題に関する企業としての対応策を解説する予定です。

第2 セクハラ・パワハラの判断基準

通常、裁判所でセクハラ・パワハラに該当するか否かが争われる場合、行為者の言動が民法上の不法行為(民法709条)に該当するか否かという形で争われます(民法上の不法行為に該当すれば、会社が行為者に対して懲戒処分を行うことは通常可能と考えられます。もっとも、懲戒処分の重さによって、当該処分が有効か否か結論が変わります。)。そこで、以下では、裁判所がセクハラ・パワハラについてどのような場合に民法上の不法行為に該当すると判断するかについて解説します。

前編で解説したとおり、セクハラの定義は、①ある従業員が他の従業員に対して性的な言動を行い、当該他の従業員が当該性的な言動に対する対応の結果労働条件につき不利益を受けること(いわゆる対価型セクハラ)又は②ある従業員が他の従業員に対して性的な言動を行うことで当該他の従業員の就業環境が害されること(いわゆる環境型セクハラ)とされています。また、パワハラの定義は、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」とされています。

もっとも、実際の裁判では、行為者の行為が民法上の不法行為に該当するか否かは、行為者の言動が社会的相当性を逸脱したものか否か、という点を諸般の事情を総合考慮して判断しています。
諸般の事情の中でも、まずは、「行為者の言動そのものを客観的に評価して、そのような言動が一般的に許容され得るものか」が最も重視され、次に、当事者間の関係や被害者の受け止め方が付加的に考慮され、最後に、行為者の主観(どのような意図の言動か)が補充的に考慮される傾向にあります。つまり、「そもそもそういう言い方や振る舞いは一般的に許容されないだろう」ということをやってしまえば(典型例としては、男性が女性の胸を触る、上司が部下に「死ね。」と発言することが想定されます。)、その他の事情を考慮するまでもなく、民法上の不法行為に該当します。また、行為者が「冗談のつもりだった」「スキンシップのつもりだった」「悪意はなかった」などと主張し、かつ、その主張が事実であったとしても、その事実によって不法行為該当性が左右される場面は少ないと考えられます。

以下では、セクハラとパワハラに分けて、より具体的に検討します。

第3 セクハラ・パワハラの該当例

1 セクハラの該当例

東京地裁平成15年6月9日判決(WestlawJAPAN 文献番号2003WLJPCA06090002)では、男性上司が女性部下に対して行った一連の言動について、当該言動に対して女性部下が明確に拒絶をしていなくとも、男性上司の言動を客観的にみて一般の女性が不快感を覚える場合には、女性部下が真意でこれを歓迎しているという特段の事情がない限り不法行為が成立すると判示しています。しかも、当該判決では、男性上司が女性部下に対して自身が好意を寄せていることを婉曲的に表現した手紙を渡したこと、男性上司が女性部下の入院中にほぼ毎日病院に面会に訪れたこと、男性上司が女性部下に対して女性部下の誕生日にプレゼントを渡したこと等も不法行為に該当すると判示しています。一般論としては、男性上司が女性部下に対して女性部下の誕生日にプレゼントを渡すことだけを捉えて不法行為に該当するとは直ちには言えないように思います。しかしながら、上記判決の事案では、男性上司が女性部下に執拗に言い寄っていたことを裏づける様々な事実が存在したことから、その一連の経緯からすれば男性上司が女性部下に対して女性部下の誕生日にプレゼントを渡したことも不法行為になると判示しています。
このように、裁判所では、行為者の一連の行為を捉えて不法行為該当性を判断するため、限界事例においては、同じような言動でも事件ごとに不法行為の成否が異なってきます。この点が、セクハラ該当性の問題を難しくしており、かつ、セクハラ事件の判決文が長文になる傾向にある理由となっています。
また、東京地裁平成16年1月23日判決(判例タイムズ1172号216頁)では、男性上司が女性部下とダンスをしたこと、職場旅行の際に酔った勢いで女性部下のベッドに上がったこと等について、当該行為について男性上司に性的目的や嫌がらせ目的がなかったことは認めつつ、女性に対して性的不快感を与える行為であって社会通念上許容される範囲を超えた不法行為であると判示されています。
また、札幌地裁平成27年4月17日判決(労働判例1134号82頁)では、女性部下が男性上司と休日も含めて頻繁に食事等し、男性上司から高価な服等を贈られていたものの、このような付き合いがなくなった後に男性上司から嫌がらせと受け取られかねない業務命令(他の従業員がやりたがらない肉体的・精神的負担の大きい業務を1人で行うよう命じたこと)を受けた事案について、当該業務命令がセクハラに該当するかが問題となりました。裁判所は、当該業務命令について、嫌がらせ目的とまでは認定しなかったものの、女性部下が当該業務命令を嫌がらせと受け止めることもやむを得ず、かつ、男性上司の配慮に欠ける行為であったとして不法行為に該当すると判示しました。当該事案では、男性上司と女性部下の付き合い(判決では、女性部下が主体的に付き合っていたのではなく男性上司の誘いを断りにくかったと判示されています。)がなくなったタイミングと上記業務命令のタイミング及びその内容という客観的な事情を重視した上で、女性部下の受け止め方も付加して男性上司の上記業務命令が不法行
為に該当すると判示しています。このように、上記判決では、男性上司の言い分は重要視されていません。

2 パワハラの該当例

東京地裁平成26年7月31日判決(判例時報2241号95頁)では、上司から部下に対する「新入社員以下だ。もう任せられない。」「何で分からない。おまえは馬鹿」などという発言につき、裁判所は、上司が部下を注意、指導する中で発言されたものであって部下に対する嫌がらせ目的ではないと判示しています。しかしながら、同判決は、上記発言は部下に対して屈辱を与え心理的負担を過度に加えるものであり、部下の名誉感情をいたずらに害するものであると判示し、部下に対する不法行為に該当すると結論付けています。また、上記判決では、部下がパワハラを受けていた上司の下から異動する予定であったものの、部下が異動前に3ヶ月の休養を当該上司に申し入れたところ、当該上司が「3ヶ月の休養を取るならば異動の話は白紙に戻さざるを得ず、自分の下で仕事を続けることになる。」などと発言したことにつき、当該発言は部下の休職の申し出を阻害する結果を生じさせるものであり、部下の心身に対する配慮を欠く言動として不法行為を構成する旨判示されています。このように、上記判決では、上司の主観に関わりなく、発言内容そのものや発言の部下に対する影響力を客観的に評価して上司の発言が部下に対する不法行為を構成すると判示されています。

他方、東京地裁平成21年10月15日判決(労働判例999号54頁)の事案では、病院の事務総合職として採用された従業員が、業務上のミスや不手際を多数引き起こし、それに対して上司が業務指導を行いさらには2回に渡って面接指導を行ったところ、当該従業員が、上司の当該指導がパワハラに該当すると主張しました。当該事案につき、裁判所は、「原告(注:パワハラを受けたと主張する部下。以下同様。)を責任ある常勤スタッフとして育てるため,単純ミスを繰り返す原告に対して,時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが,それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり,到底違法ということはできない」と判示しています。
裁判所も、従業員の職責を考慮すると上司から時には厳しい指導を受けることが必要だということは理解しており、言い方や手順・やり方を間違えなければ通常の業務命令を不法行為と認定することは多くはないと考えられます。
上記裁判例を初めとするパワハラ事件では、上司の部下に対する言動が業務指導として正当か否かを判断するために、部下の職務内容、勤務実績、勤務態度及び上司の指導内容等を詳細に検討することが多々あります。ですので、パワハラ事件の判決文も、セクハラ事件と同様に長文になる傾向があります。
なお、パワハラが争われた事案においては、上司の業務命令が必ずしも不当なものでなくとも、自身の処遇や評価に不満のある部下が、上司による業務命令、人事評価、配置転換等がパワハラに当たると主張する事例が頻繁に見受けられます。実際、私が会社を代理した事件(Westlaw JAPAN 文献番号2003WLJPCA06090002)では、従業員(部下)が、上司の当該従業員(部下)に対する人事評価が不当に低かったなどと主張して、当該人事評価自体がパワハラに該当し、上司と会社が損害賠償責任を負う旨主張して訴訟を提起しました。当該事案では、従業員(部下)は、人事評価の結果、会社の規定により降格・減給となってしまったため、訴訟提起にまで踏み切ったものと推察しています。当該裁判では、裁判所は、人事評価には評価者により評価に一定の幅が生じることは当然ありうることを前提に、人事評価が不法行為を構成する場合を限定的に解し、結論として不法行為の成立を否定しています。

従業員の権利意識は従前よりも高まっていると思いますので、今後も、上司による業務命令、人事評価、配置転換等がパワハラに当たると主張する事例が益々増えていくものと予想しています。

 


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