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2018-2-2 NHKの受信契約制度について

M&P Legal Note 2018 No.2-2

NHKの受信契約制度について

2018年3月1日
松田綜合法律事務所
弁護士 加藤拓

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第1 はじめに

平成29年12月6日、最高裁判所(以下、「最高裁」といいます。)は、放送法に基づくNHKの受信契約制度を「合憲」とし、NHKとの間で受信契約を締結しておらず、これまで受信料の支払いを拒んできた男性に対して、テレビを設置した時から現在までの受信料を支払うよう命じる判決を下しました。この判決によって、国民はNHKとの間で受信契約を締結することを実質的に強制されるということになりました。

本来、契約を締結するか否かは当事者の自由に委ねられるものであり、これを強制されることはありませんし、受信料に関する契約がこれほどまでに大きな問題となるのは、数あるテレビ局の中でもNHKだけです。そこで、本稿では、NHKとの間においては、なぜ受信契約を締結することが強制させられるのかという点について概説していきたいと思います。

第2 最高裁判決に至るまでの経緯

1 議論の出発点

放送法64条1項は、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定しているため、この規定に素直に従うのであれば、私たち国民は、NHKの放送を見ることができるようになった時から、NHKとの間で受信契約を締結しなければならないということになりそうです。

そこで、本件訴訟の原告であるNHKも、第一審である東京地方裁判所に訴訟提起をした時から、同条項がある以上、NHKによる受信契約締結の申込みが受信機設置者(被告のこと。)に到達した時点で、受信契約が成立したものと解するべきである旨主張していました。

これに対して、受信契約を締結せず、受信料の支払いを拒み続けてきた被告は、相手方の承諾がない以上、契約が成立することはないし、仮に同条項が受信契約の締結を強制するものであるとすれば、それは憲法13条、19条、21条、29条などの規定に反する旨反論しています。

このように、本件訴訟は、放送法64条1項の解釈問題から議論が始まっており、これを出発点として、同条項の存在によって受信契約の締結が強制させられるのか、契約の締結が強制させられるとすれば、いつからの受信料を支払う義務が生じるのか等へと議論が広がっていったのです。

 

2 下級審の判断

結論から言えば、第一審及び第二審ともに、受信契約制度に憲法違反はなく、被告は原告に対して受信料を支払うべきである旨の判決を下しました。

もっとも、原告の主張をすべて認めたわけではありません。上記のように、原告は、NHKによる受信契約締結の申込みが受信機設置者(被告のこと。)に到達した時点で、受信契約が成立したものと解するべきである旨主張していましたが、第一審及び第二審ともにこの主張については認めず、受信契約に承諾する旨の意思表示を命じる判決が確定した時点をもって受信契約が成立するとしています。その理由としては、「民法上、契約は、申し込みと承諾の意思表示の合致によって成立するのであって(民法521条以下)、放送法において、放送受信契約についてこれに反する仕組みが採用されたものと解する根拠は見いだせない。」というものでした。放送法64条1項があったとしても、受信契約も契約である以上は両当事者の意思表示が必要であるということです。

このような下級審の判断を前提として、以下では最高裁の判断を検討していきます。

第3 最高裁の判断

1 まず、最高裁は、そもそもNHKという放送事業者がどのような目的で設立されたのかという歴史から議論を始めています。日本国には、NHKのような公共放送事業者と、その他の民間放送事業者とがありますが、日本国における放送事業がこのような「二本立て体制」によることとなった理由として、最高裁は、「全国民の要望を満たすような放送番組を放送する任務を持」つ「国民的な公共的な放送企業体と個人の創意とくふうにより自由闊達に放送文化を建設高揚する自由な事業としての文化放送企業体(民間放送事業者のこと)」とにおいて、「おのおのその長所を発揮するとともに、互いに他を啓蒙し、おのおのその欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受できるように」したことを挙げています。これを踏まえて、最高裁は、NHKの目的は、「公共の福祉のために放送を行うこと」、さらには、「国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与すること」にあるとしています。

このことから、最高裁は、NHKというテレビ局は、民間放送事業者とは異なり、国民のための公的な情報提供機関であると考えていることが分かります。

2 これに続けて、最高裁は、NHKと他の放送事業者との相違点について言及していきます。放送法によれば、NHKは、「営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止(放送法20条4項,83条1項)」されており、その代わりに、「事業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料によって賄う」ことが認められています。最高裁は、NHKと他の放送事業者との間にこのような相違点がある理由について、「特定の個人、団体又は国家機関等から財政面での支配や影響が原告(NHKのこと。以下同じ。)に及ぶことのないようにし、現実に原告の放送を受信するか否かを問わず、受信設備を設置することにより原告の放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって、原告が上記の者ら全体により支えられる事業体である」ことが国民のための公的な情報提供機関としてあるべき姿だからであるといいます。

つまり、NHKが公的な情報提供機関であり続けるために営利目的で業務を行うことを禁止し、事業運営のための財源は受信料によって賄う仕組みが整っているのだということです。スポンサーからの広告収入によって事業運営が行われれば、スポンサーの意向によって番組内容がある一定の思想等に傾けられてしまうおそれがあります。このような危険を排除しておくからこそ、NHKという放送事業者の本来の目的を果たすことができると最高裁は考えているのでしょう。

3 そして、最高裁は、上記のような「原告の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨」に鑑みれば、「放送法64条1項は、原告の財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたものと解される」のであるから、同条項には法的な強制力があるものとしています。もっとも、法的な強制力があるとはいっても、下級審の判断と同様、受信料の支払い義務は、「受信設備を設置することのみによって発生」したり、「原告から受信設備設置者への一方的な申込みによって発生」したりするのではなく、「受信契約の締結、すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生」するものであるとしており、「放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。」と結論付けた上、こうして契約が成立した場合、「受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。」としています。

受信契約は、原則としては両当事者の合意によって締結されるべきではあるものの、それが叶わない場合においては、判決確定をもって契約が成立するというのが、放送法64条1項の有する法的な効力だということであり、NHKとしては、判決確定をもってはじめて受信料の支払請求権を行使できるということになります。

4 また、最高裁は、「公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において,前者を担うものとして原告を存立させ,これを民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体たらしめるためその財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは,前記のとおり,憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され,その目的にかなう合理的なものであると解されるのであり、かつ、放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても、なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせない」とし、結果としてNHKの受信契約制度は合憲であると結論付けています。

NHKの役割は、個人を対象とした放送を提供することではなく、全国民を対象とした放送を提供することにあり、このような役割を十分に発揮させるため、受信契約制度を採用することも合理的な方法である。最高裁は、このような理論で受信契約制度を合憲とし、このようなNHKの目的を達成するためには、国民に契約の締結を強制してもよいと考えているといえます。

5 このように最高裁の判断を概観していくと、最高裁判決は、専ら歴史的な経緯からくるNHKの存在意義を理由の骨子としているといえるでしょう。

第4 NHKの存在意義

1 以上のような最高裁の判断を踏まえると、全国へ向けた多様な情報提供をできること、というのがNHKの大きな存在意義であり、これが最高裁の判断の骨子を支える理由付けであるといえそうです。NHKの事業運営の財源は、広告料ではなく受信料によって賄われているのですから、NHKは視聴率を気にせずに放送をすることができ、多様な番組制作をすることが可能になります。また、NHKは全国に向けた放送をすることを義務付けられている(放送法15条)ため、過疎地域に住んでいる人々へも放送が届くようになっています。もしNHKがなければ、過疎地域に住んでいる人々へ向けた放送はなくなり、都市部と地方で大きな情報格差が生じてしまうかもしれません。NHKも他の放送事業者と同じように広告収入によって事業運営がなされるようになれば、少数派の人々が求めている内容が放送されなくなってしまうかもしれません。最高裁がNHKに期待する公共的な情報機関としての側面は、このような点にあるだと思います。

2 しかし、NHKにはこれまでに述べてきたような存在意義があるとしても、本判決に納得のいかない人は多いかもしれません。それは、「時代の変化」によって、NHKによるテレビ放送はもはや国民の情報提供機関としての機能を失いつつあるのでないか、という疑問があるからでしょう。受信契約制度が始まったばかりの時代であればともかく、現代の国民は、テレビ放送によってではなくパソコンやスマートフォン等のインターネットから情報を得るようになってきています。このような時代の中で、NHKによるテレビ放送が持つ情報提供機関としての価値は次第に低下しつつあるということは否定しきれないとも思えます。

この点について最高裁は、前述したように、受信契約制度は、「放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても、なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせない」としています。このような判決文からすれば、最高裁としてもテレビ放送をめぐる環境には変化が生じていることを認める一方で、少なくとも本判決の時点では、NHKが国民の情報提供機関であって、受信契約制度にはいまだ合理性が認められると考えていることが分かります。

そうすると、最高裁としても、テレビ放送をめぐる環境により大きな変化があれば、受信契約制度は違憲になる可能性があることを示唆していると考えられます。この先の何十年後か、国民のテレビ所有率が著しく低下するなど、テレビ放送をめぐる環境に大きな変化があった場合、今回の最高裁判決が覆るような最高裁判決が出るかもしれません。

第5 判決の影響

最後に、今回の最高裁判決によって、私たち国民にどのような影響が出るのかについて述べていきたいと思います。

1 支払うべき受信料の範囲

最高裁は、「受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合、同契約に基づき、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。」としており、その理由として「同じ時期に受信設備を設置しながら、放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と、その締結を遅延した者との間で、支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから」としています。

契約に基づく債権債務が発生するのは、通常であれば契約の成立時以降になりますが、受信料に関する債権債務については、公平の観点から、受信設備を設置した時から受信料を支払うべきであるということです。この判断により、受信設備を設置していた当初から受信料を支払っていた人たちと、判決の確定によって受信料を支払う人たちとの間に差は生じないこととなります。

2 受信料債権の消滅時効について

上記のように、受信設備を設置した時からの受信料を支払う義務が生じるということであれば、受信料債権の消滅時効もこの時点を起算点として進行することになりそうですが、最高裁は、「受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は、受信契約成立時から進行する」としており、消滅時効の起算点は、受信契約が成立した時点であると結論付けています。その理由として、「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ、受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから、受信契約が成立する前においては、原告は、受信料債権を行使することができないといえる」ことを挙げています。

この判断によって、何十年も前から受信契約の締結を拒否している人も、受信設備を設置した時からの受信料全額について支払わなければならないこととなります。

3 まとめ

以上によれば、これまでに受信契約を締結せず、受信料の支払いをしてこなかった人たちも、訴訟を提起され、判決が確定すれば受信設備を設置した月からの受信料全額を支払わなくてはならないこととなりました。最高裁は、受信契約を締結することで当初から受信料を支払い続けて続けている人たちと、受信契約の締結をせず、受信料の支払いを拒否し続けてきた人たちとの公平性を考えていることからすれば、今回の最高裁判決によって、受信契約の締結を拒否し続けることによるメリットはほとんどなくなったといってよいでしょう。

以上


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